提示された年収が今より低いとき、受けるか断るかを分けるのは、金額の大きさそのものではありません。下がった分を、どの仕組みで、何年かけて取り戻せるかが説明できるかどうかです。説明できるなら検討に値し、説明できないなら金額差が小さくても見送る判断が働きます。

まず全体像を示します。

結論:受けてよいのは4つの条件がそろったときだけ

年収が下がるオファーを検討してよいのは、次の4つがすべて確認できた場合に限られます。どれか1つでも確認できないまま受けると、下がった年収が基準として固定され、次の転職での提示額にも影響します。

  • 条件1 — 下げ幅を回収する道筋が、昇給と昇格の制度として確認できる
  • 条件2 — 下げ幅が、生活の固定費を変えずに吸収できる範囲に収まっている
  • 条件3 — 担当する職務が、市場で評価される方向に変わる
  • 条件4 — 今の会社に残った場合の年収推移と比べて、不利になっていない

4つは独立していません。条件3が満たされていれば条件1の回収は早まりますし、条件2に余裕がなければ条件1がどれだけ整っていても待てません。4つを別々に採点するのではなく、回収年数という1つの数字に落として比べるのが実務的です。その計算の仕方を後半で扱います。

なお転職で年収が増えた人は 60.4% です。裏を返せば、残りは横ばいか減少しています。年収が下がる提示を受け取ること自体は珍しい出来事ではなく、判断の手順を持っていないことのほうが問題になります。

本当に下がっているのかを総額で確かめる

条件を検討する前に、比較している数字が揃っているかを確かめます。提示額と現年収を並べただけでは、下がったかどうかは決まりません。

現年収に固定残業代が含まれているか、賞与の実績が何か月分か、住宅手当や在宅勤務手当が年収表示に入っているかで、同じ「年収」という言葉が指すものが変わります。とくに固定残業代は、含まれているかどうかで所定内の給与が大きく動きます。内訳の分け方はみなし残業を実質時給に換算する方法で扱っています。

労働時間も揃えます。情報通信業の1日の所定労働時間は 7時間46分、1企業平均の年間休日総数は 112.4日 ですが、年間休日が110日台の会社と120日台の会社では、同じ年収でも時間あたりの金額が1割前後変わります。年収が下がっても所定労働時間が短くなるなら、実質時給では下がっていないことがあります。逆に、提示額が同水準でも休日が少なければ実質では下がります(年間所定労働時間から実質時給を出す)。

条件1:回収の道筋が制度として確認できる

下げ幅を取り戻す仕組みは、昇給か昇格のどちらかです。どちらも運用を確認できなければ、回収年数を見積もれません。

情報通信業では定期昇給を実施した企業の割合が 86.2%、ベースアップを実施した企業の割合が 52.1% で、1人平均賃金の改定率は 3.9% でした。これは業界全体の数字であり、応募先がこの水準で動く保証はありません。確認すべきは業界平均ではなく、応募先の等級表と、直近で等級が上がった人の実例です。

具体的には、提示された等級が何等級か、その等級の年収レンジの上端はいくらか、次の等級に上がる要件と判定の時期はいつかを聞きます。等級レンジの上端が現年収を下回るなら、その会社では昇給だけで回収できません。昇格が前提になり、回収年数は昇格までの年数に等しくなります。

注意したいのは、口頭で示された昇給の約束です。入社後に上げると言われても、判定の時期と基準が書面にないものは確定した条件ではありません。判断は、提示されている現時点の金額と、制度として確認できた昇給の仕組みだけで行います。制度の見え方については定期昇給と転職のどちらで年収を上げるかも合わせて確認してください。

条件2:下げ幅が固定費の範囲に収まっている

回収の道筋があっても、回収し終わるまでの期間を生活が持たなければ意味がありません。ここで見るのは貯蓄額ではなく、毎月動かせない支出が手取りの何割を占めるかです。

住居費、保育料や学費、保険、通信、車両の維持費のように、短期間では変えられない支出を合計し、下がった後の手取りで賄えるかを確認します。賄えるとしても余裕がなくなるなら、回収期間中に予定外の支出が起きたときに、条件の悪い転職をもう一度することになりかねません。

社会保険料や税の扱いは年収の変化に連動しますが、控除や住宅ローン控除の適用など個別の判断は条件によって変わります。手取りの試算で迷う点は税理士に確認してください。ここで判断材料にするのは、あくまで「回収期間中に支出を変えずにいられるか」という一点です。

条件3:職務が市場で評価される方向に変わる

年収を下げてでも受ける理由として最も筋が通るのは、次の転職での提示額が上がる職務に移れる場合です。逆に、担当する内容が現職と変わらないのに年収だけ下がるなら、受ける理由は年収以外に求めることになります。

市場の評価が変わるのは、技術要素そのものよりも、任される判断の範囲が広がるときです。実装だけを担当していた人が設計や技術選定まで持つ、受託の一部工程から自社プロダクトの継続的な改善に移る、といった変化は、職務経歴書に書ける内容を変えます。同じ経験年数・企業タイプ・勤務地でも、評価される水準の差はこれだけ出ます。

  • スキル下位(スコア30):589〜691万円
  • スキル上位(スコア85):723〜848万円

この幅は、同じ会社の同じ等級帯の中で開く差です。職務が変わって評価の水準が上がれば、下げ幅はこの幅の中で吸収できる可能性があります。何が評価に効くかは年収に効くスキルと効かないスキルで整理しています。

ただし「経験が積める」という説明だけで判断しないでください。誰が何を判断する役割なのか、その判断を自分が持てるのはいつからかを確認し、入社直後の担当範囲が現職と変わらないなら、変化は起きていないと考えるほうが安全です。

条件4:残った場合の見通しと比べる

転職の判断は、提示額と現年収の比較ではなく、提示額と「残った場合の数年後」の比較です。現職で昇格が見えているなら、下がる提示を受けることの損失は下げ幅だけでは済みません。

情報通信業の年代別の平均給与を並べると、伸び方が一定でないことが分かります。

年代 情報通信業の平均給与
25〜29歳 490万円
30〜34歳 553万円
35〜39歳 652万円
40〜44歳 709万円
45〜49歳 750万円

この表は業界全体の平均であり、個人の昇給幅ではありません。読み取れるのは、20代後半から30代後半にかけて増え方が大きく、40代に入ると緩やかになるという傾向だけです。現職の昇給実績がこの傾向と違う場合は、自分の会社の実績を優先してください。表の数字を自分の見込み額として使うと、回収年数を実際より短く見積もることになります。

この傾向が意味するのは、回収年数の重みが年代で変わるということです。30代前半で3年の回収期間を取るのと、40代後半で同じ3年を取るのとでは、その間に失う昇給の量が違います。

下げ幅の目安をどこに置くか

下げ幅の許容範囲を金額で示すことはできません。同じ下げ幅でも、何が原因で下がっているかによって意味が変わるためです。

企業タイプだけを変えたときのレンジを見ると、構造による差がどれだけあるかが分かります。

企業タイプ推定レンジレンジの図
メガベンチャー・外資725〜851万円
上場・大手638〜748万円
中小の受託・SIer551〜646万円
スタートアップ580〜680万円
SES493〜578万円
条件:6〜9年/東京/スキルスコア50。公開統計をもとにした推定であり、実際の年収を保証するものではありません。算出方法

提示額の下落が、この表でいう企業タイプの移動によるものなら、それは個人の評価ではなく事業構造の差です(企業タイプ別の年収相場)。構造の差は入社後の昇給では埋まりにくく、回収年数は長く見積もる必要があります。一方、同じ企業タイプの中で等級の格付けが低いだけなら、昇格で戻る余地があります。

この表が使えないのは、職種を大きく変える場合と、勤務地の条件が変わる場合です。どちらも前提が違うので、別の条件で引き直してください。

回収年数を実際に計算する

ここまでの4条件を、1つの数字にまとめます。計算は単純で、下げ幅を、年間の昇給見込み額で割るだけです。

年間の昇給見込み額は、応募先の等級表で確認した昇給幅と、昇格までの想定年数から出します。等級内の昇給しか見込めないなら、その額で割ります。昇格が前提なら、昇格までの年数を回収年数に足します。ここで業界平均の改定率を当てはめないでください。改定率は企業規模や業績で差があり、5.1%3.6% のように規模によって開きます。

出てきた回収年数を、自分がその会社で働くつもりの年数と比べます。回収年数のほうが長いなら、年収面では合わない提示です。それでも受けるなら、年収以外の理由(働き方、担当する内容、通勤の条件)で受けると自覚したうえで決めることになります。

転職で年収が増加した人の平均増加額は 73.1万円、全体の平均変動額は 9.5万円 でした。上がる人と上がらない人に割れているという意味であり、下がる提示を受けた場合は、次の転職でその分を取り返す前提を置きにくくなります(転職で年収が上がる人と上がらない人の違い)。

退職金と勤続年数まで含めて見る

年収だけを比べていると見落とすのが、退職給付です。情報通信業で退職給付制度がある企業の割合は 74.6% で、制度がある会社では勤続年数によって支給額が変わります。

大学・大学院卒(管理・事務・技術職)で自己都合により退職した場合の退職給付額は 1,441万円、定年退職の場合は 1,896万円 でした。これは全産業の平均であり、自分の会社の支給額ではありません。確認するのは、現職の退職金規程で勤続何年からいくら増えるのか、転職先に制度があるか、企業型確定拠出年金を移換できるかの3点です(退職金まで含めた生涯賃金の比較)。

制度の有無は会社規模でも差があり、1,000人以上では 90.1%、30〜99人では 70.1% です。小さい会社への転職では、退職給付がないことを前提に年収を比べるほうが実態に近くなります。受け取り方や課税の扱いは個別の判断になるため、税理士に確認してください。

提示が下がった理由を確認する質問

理由が分からないまま下げ幅だけを見ても判断できません。オファー提示の後に、次の内容を確認します。

  1. 提示は何等級か。その等級の年収レンジの下端と上端はいくらか
  2. 現年収を参照したうえでの提示か、等級表から機械的に決まった提示か
  3. 固定残業代は含まれるか。含まれる場合は何時間分か
  4. 賞与は何か月分の実績か。初年度は算定期間の関係で満額が出るか
  5. 次の等級に上がる要件は何か。判定は年何回で、最短でいつか

このうち2番目の答えで、下げ幅の意味が変わります。等級表から機械的に決まっているなら、交渉の余地は等級の格付けを見直せるかどうかに絞られます。現年収を参照したうえで下げているなら、評価そのものが現職より低いということなので、職務経歴の伝え方に問題がなかったかを振り返る材料になります。

4番目も見落とされます。入社月と賞与の算定期間の関係で、初年度の受取額は年収表示より低くなることがあります。提示年収と初年度の実受取額は別物として比べてください。

下げ幅を小さくできる余地を探す

下がる提示をそのまま受けるか断るかの二択にする必要はありません。等級レンジの内側であれば、動かせる余地があります。

効くのは、他社からの提示、条件を揃えた市場レンジ、職務範囲と等級の対応、現年収の内訳の4つです。とくに現年収の内訳は、固定残業代を分けて示すと、見かけの下げ幅より実質の差が小さいことを相手も確認できます。具体的な進め方は年収交渉で通る根拠にまとめています。

金額が動かない場合でも、入社後の等級判定を早める、担当範囲を明確にする、といった調整で回収年数が短くなることがあります。交渉の目的は提示額を上げることだけではなく、回収年数を計算できる状態にすることでもあります。

受けないほうがよいケース

次のいずれかに当てはまる場合は、下げ幅の大小にかかわらず見送る判断が働きます。

  • 等級レンジの上端が現年収を下回っており、昇格しなければ戻らない
  • 昇給や昇格の要件を質問しても、明文化された回答が得られない
  • 職務内容が現職とほぼ同じで、年収だけが下がっている
  • 下がった手取りでは、固定費を維持できない

いずれも共通しているのは、回収年数を計算できないという点です。計算できない提示を受けると、下がった年収が次の転職での参照点になります。現年収を提示の根拠に使う会社は少なくないため、一度下げた影響は転職先の在籍期間を超えて残ることがあります(現年収をどこまで申告するか)。

求人環境も判断材料になります。情報処理・通信技術者の有効求人倍率は 1.39倍、新規求人倍率は 2.66倍 ですが、有効求人倍率は前年同月差で -0.22ポイント 動いています。募集が絞られる局面では選択肢が減るため、急いで決めたくなりますが、そのときほど回収年数の計算を省かないでください(求人が絞られる局面での転職)。

判断を書き出す手順

最後に、頭の中だけで比べないための手順をまとめます。紙でも表計算でも構いませんが、書き出すこと自体が目的です。

  1. 現職と提示の両方を、基本給・固定手当・変動賞与に分けて書き出す
  2. 年間所定労働時間を出し、それぞれの実質時給を計算する
  3. 確定部分での差額を出す。これが下げ幅になる
  4. 応募先の等級レンジと昇給幅を確認し、年間の昇給見込み額を書く
  5. 下げ幅を昇給見込み額で割り、回収年数を出す
  6. 回収年数の間に、現職に残っていた場合の昇給見込みを引く
  7. 残った数字を見て、職務内容の変化がそれに見合うかを判断する

6番目を省くと、回収年数を実際より短く見積もります。現職に残っていても昇給するなら、その分だけ差は広がり続けるためです。逆に、現職の昇給が止まっていることを実績で確認できているなら、6番目の引き算はほぼ不要になります。

7番目に金額以外の判断が入るのは避けられません。それでも、1から6までを数字にしてから最後に価値判断を置くのと、最初から「成長できそうだから」で決めるのとでは、後から振り返ったときに検証できるかどうかが変わります。

まとめ

  • 判断材料は下げ幅の大きさではなく、回収の道筋・生活への影響・職務の変化・残った場合の見通しの4条件
  • 4条件は「下げ幅 ÷ 年間の昇給見込み額」という回収年数に落として比べる。業界平均の改定率を自分の見込みに使わない
  • 等級レンジの上端が現年収を下回る、要件が明文化されていない、職務が変わらない場合は見送る判断が働く