「何を勉強すれば年収が上がるか」は答えにくい質問です。ただし、市場が何に金を払っているかという観点で見ると、優先順位はかなりはっきりします。

前提として、市場が払うのは「代わりがいないこと」に対してです。難しいスキルでも、できる人が多ければ価格は上がりません。

まず、スキルで年収はどれだけ動くのか

経験年数・企業タイプ・勤務地をすべて固定し、スキルの水準だけを変えた推定です。条件は実務3〜5年/上場・大手企業/東京勤務で揃えています。

スキル水準 推定レンジ 中央値
下位(スコア30) 491〜576万円 534万円
中位(スコア50) 531〜624万円 578万円
上位(スコア70) 572〜671万円 621万円
最上位(スコア85) 602〜707万円 655万円

スコア30と85の差は121万円。 経歴書に書ける情報がまったく同じでも、これだけの幅があります。

参考までに、この121万円は「1〜2年から3〜5年への昇格」で生じる116万円を上回ります。つまり同じ3年目の中のスキル差は、1年目と3年目の差より大きいということです。

ITエンジニアの平均年収 469万円 が個人の指標にならないのは、この幅を平らに均しているからです。

以下、この幅のどこに位置するかを決めているものの内訳です。

効きやすい3つの力

力1:壊れているものを直せる

障害が起きたときに、原因を切り分けて止血できる。これは替えが利きにくい能力です。

新機能を作れる人は多くいますが、本番で落ちている原因を1時間で特定できる人は少ない。 しかも後者のほうが、企業にとっての損失額が直接的です。ECサイトが1時間止まれば売上が1時間分消えます。

必要なのは次のようなものです。

  • ログの読み方(どこを見れば当たりがつくか)
  • 再現手順の作り方(本番でしか起きない事象をどう手元に持ってくるか)
  • 変更履歴からの当たりの付け方(いつから壊れたかで容疑者を絞る)
  • 「どこまでが正常か」を知っていること(正常時の姿を知らないと異常が分からない)

これらは書籍では身につきにくく、障害対応に自分から入った回数でしか伸びません。だからこそ、できる人が少なく価格がつきます。

力2:件数が増えたときに何が起きるか予測できる

動くコードと、10万件で動き続けるコードは別物です。

  • 配列の includes をループの中で呼んでいる → O(n×m)
  • shift でキューを回している → O(n²)
  • 依存のない通信を直列で await している → 件数×レイテンシ

どれも100件なら気づきません。10万件で初めて落ちます。

この判断ができる人は、リリース後の事故を未然に減らせます。減った事故は目に見えませんが、一度でも大きな障害を経験した組織はこの能力に高い値をつけます。

力3:言語の挙動を正確に説明できる

非同期処理の実行順序、参照と値の違い、型アサーションが実行時には何もしないこと。こうした土台の理解は、地味ですが差が出ます。

理由は、理解が曖昧な人はコードの読み方が曖昧になるからです。

読めない人はレビューできない。レビューできない人には判断を任せられない。判断を任せられない人の給与は上がらない。この連鎖で効いてきます。

市場が実際に値を上げている領域

上の3つが「効く力」だとして、では市場のどこに需要が集中しているのか。実際に平均年収が動いた領域を見ると分かります。

ITエンジニア全体の平均は、前年の 462万円 から 469万円 へ7万円上がり、2017年以降の9年間で最高になりました。全体が上がる中でも、伸び幅が突出していたのがセキュリティ領域です。

  • セキュリティコンサルタント/アナリスト — 前年から33万円アップで、技術系IT/通信の中で最大の上昇幅
  • セキュリティエンジニア(脆弱性診断/ネットワークセキュリティ)497万円(前年から20万円アップ)

なぜこの領域が伸びているかというと、上で挙げた「壊れているものを直せる」「事故が起きたときの損失が大きい」という条件を、そのまま満たしているからです。インシデントが起きたときの損失額が明確で、しかも対応できる人が少ない。 価格が上がる条件が揃っています。

フリーランス市場でも同じ傾向が出ており、SREの月額平均単価は 93.5万円/月 と、全体平均 78.3万円/月 を大きく上回っています。SREもまた「壊れないようにする・壊れたら直す」役割です。

思ったより効きにくいもの

新しいフレームワークの追いかけ

新しいものを触ること自体は悪くありませんが、年収には直結しにくい部類です。学習コストが低く参入者が多いため、差別化になりにくいからです。

「Reactが書ける」は3年前より価値が下がっています。書ける人が増えたためです。価値は難易度ではなく希少性で決まります。

資格

エンジニアの資格は、未経験からの最初の1社では効くことがあります。書類選考を通る材料が他にないためです。

しかし実務経験が数年ある人の年収に対しては、効きが小さくなります。選考でコードを見られる場合、資格より書いたもの・説明できることが優先されるからです。

網羅的な知識

広く浅く知っていることは、検索と生成AIで代替されやすくなりました。

代わりに価値が上がっているのが、間違いに気づける精度です。生成されたコードを見て「これは本番で落ちる」と言えるかどうか。これは上の3つの力そのものです。

学習時間の配分

限られた時間をどう割るか。年収という観点だけで言えば、優先順位はこうなります。

  1. いま扱っている言語の挙動を、説明できるレベルまで詰める(力3)
  2. 自分が書いたコードが件数10倍で何が起きるか考える癖をつける(力2)
  3. 障害対応に自分から入り、原因特定の場数を踏む(力1)
  4. そのうえで新しい技術に触れる

1〜3は地味で、勉強した実感が薄い領域です。だからこそ、やっている人が少なく、価格がつきます。

スキルだけでは埋まらない部分もある

ただし、スキルを上げれば全部解決するわけではありません。

同じ3〜5年でも、企業タイプを変えれば210万円動きます(企業タイプ別の記事)。スキル差の121万円より大きい数字です。

スキルが上位帯なのにSESの給与テーブルの中にいるなら、必要なのは追加の学習ではなく移動です。逆に、構造は良いのにスキルが下位帯なら、移動しても選考で落ちます。どちらが自分の状況かを先に見分ける必要があります。

自分の現在地を確かめる

「土台が理解できているか」は、自己評価が最も当てにならない部分です。分かっているつもりで説明できない、という状態が普通に起こります。

確かめる方法は単純で、実際に問題を解いてみることです。コードの出力を予測する、バグの原因を選ぶ、計算量を比較する。答えを見る前に自分の判断を出せば、曖昧な部分がそのまま表面化します。

まとめ

  • 同条件でもスキルだけで121万円の差。1年目と3年目の差より大きい
  • 効くのは「直せる・予測できる・説明できる」の3つ。共通するのは読む力
  • 新しいフレームワークや資格は、思ったより年収に効きにくい
  • スキルが十分でも構造が悪ければ上がらない。どちらの問題か先に見分ける