年収の提示額が近い2社で迷ったとき、比べる材料としてまず揃えたいのは年間の所定労働時間です。同じ年収でも、年間休日が多い会社と少ない会社では働く時間が変わり、1時間あたりに受け取る金額も変わります。この記事では、年間所定労働時間の求め方、年間休日が10日違うときに実質時給がどれだけ動くか、そして求人票やオファー面談で何を確認すればよいかを順に整理します。
結論:年収より先に年間の労働時間を揃える
比較の出発点は、提示年収そのものではなく「その年収を受け取るために何時間働くか」です。年間所定労働時間が分かれば、年収を割るだけで実質時給が出ます。ここまで揃えて初めて、2社の条件が同じ物差しに載ります。
理由は単純で、年間休日と1日の所定労働時間は会社ごとに決まっていて、しかも求人票を見れば入社前に分かるからです。残業時間や賞与の変動と違い、推測の余地がほとんどありません。不確実な要素に悩む前に、確定している要素で差を把握しておくほうが効率的です。
具体的には、年間休日120日・1日8時間の会社と、年間休日105日・1日8時間の会社では、年間の労働時間が120時間違います。月に換算すればおよそ10時間、1日8時間として15日ぶんの働き方の差です。提示年収が同額なら、この差はそのまま実質時給の差になります。
ただし、この計算だけで会社の優劣が決まるわけではありません。所定労働時間は「働くことになっている時間」であって、実際の労働時間ではないからです。残業の実態、有給休暇の取りやすさ、繁忙期の長さを重ねないと、生活に近い姿にはなりません。この記事の後半でその順序も扱います。
年間所定労働時間はどう決まるか
年間所定労働時間は、年間の所定労働日数と1日の所定労働時間の掛け算で決まります。所定労働日数は、1年の日数から年間休日総数を引いて求めます。年間休日総数には、土日などの週休日に加えて、祝日、年末年始、夏季休暇、会社記念日といった会社が定めた休日が含まれます。
所定労働時間という言葉は、就業規則で定められた始業時刻から終業時刻までの時間から休憩時間を差し引いた時間を指します。昼休みが60分の会社で9時始業18時終業なら、1日の所定労働時間は8時間です。ここに残業は入りません。残業は所定労働時間の外側で発生するものなので、実質時給を出すときは所定と所定外を分けて計算します。
たとえば年間休日が125日で1日の所定労働時間が7時間30分の会社なら、所定労働日数は240日、年間所定労働時間は1,800時間です。年間休日が105日で1日8時間の会社なら、260日で2,080時間になります。休日と1日あたりの時間の両方が違うと、差は想像より大きくなります。
注意したいのは、うるう年と年度の区切りです。計算のうえでは1年を365日として扱いますが、うるう年は1日増えます。また、年間休日総数は会社の年度で数えるため、暦年で計算した数字とわずかにずれることがあります。数時間単位の違いは比較の結論を変えないので、細かく合わせ込む必要はありません。
年間休日総数の平均はどのくらいか
全体の水準を知っておくと、求人票の数字が多いのか少ないのか判断できます。1企業平均の年間休日総数は112.4日(令和6年(2024年)1年間)、労働者1人平均では116.6日です。いずれも統計として遡れる範囲で最も多い水準にあります。
企業単位の平均より労働者単位の平均のほうが多いのは、休日が多い企業ほど雇っている人数が多いためです。つまり、企業の数で数えると休日の少ない会社が目立ちますが、働いている人の数で数えると休日の多い会社に多くの人が属している、という関係になります。求人票を見るときは、企業数の平均ではなく労働者数の平均のほうが体感に近い場合があります。
分布を見ると、年間休日が120〜129日の企業は37.3%、100〜109日の企業は27.9%で、この2つの区分に企業の大半が集まります。つまり求人市場には「120日前後の会社」と「105日前後の会社」という2つの山があり、その間の差がおよそ15日ということです。冒頭で挙げた10日差は、決して極端な想定ではありません。
企業規模で年間休日は変わる
年間休日総数は企業規模と相関があります。1,000人以上の企業の1企業平均は117.7日、30〜99人の企業では111.2日で、差は6.5日です。規模の大きい会社ほど休日が多い傾向は、統計上はっきり出ています。
背景には、休日の設計が就業規則と要員計画に依存していることがあります。人数が多い会社ほど交代要員を確保しやすく、祝日や年末年始をまとめて休みにしやすい。一方、少人数の会社では特定の担当者が抜けると業務が止まるため、休日を増やしにくい構造があります。これは会社の姿勢というより、体制の問題として現れます。
ただし、規模と休日の関係はあくまで平均の話です。少人数でも年間休日125日を設定している受託開発会社はありますし、大企業でも顧客の稼働日に合わせて休日が少ない部署があります。規模から休日を推測するのではなく、応募先ごとに年間休日総数の数字を確認してください。企業タイプごとの年収水準の傾向は企業タイプ別の年収相場で扱っています。
1日の所定労働時間にも差がある
見落とされやすいのが1日の所定労働時間です。1企業平均は7時間49分、週では39時間24分で、法定の1日8時間・週40時間よりわずかに短い水準に落ち着いています。情報通信業に限ると1日7時間46分、週39時間02分で、全産業計よりさらに短くなっています。
1日あたり15分の差は小さく見えますが、年間240日働けば60時間です。年収500万円台の人にとって、この60時間は十数万円ぶんの価値に相当します。求人票では休日日数に目が行きがちですが、始業・終業・休憩の時刻から1日の所定労働時間を計算しておくと、比較の精度が上がります。
具体的には、9時始業18時終業・休憩60分なら8時間、9時30分始業18時終業・休憩60分なら7時間30分です。この30分は年間で120時間、1日8時間換算で15日ぶんに相当します。年間休日が同じ2社でも、この差だけで実質時給は数パーセント動きます。
例外として、フレックスタイム制や裁量労働制を採る会社では、1日の所定労働時間が始業・終業の時刻から直接は読み取れないことがあります。その場合は、清算期間の総労働時間やみなし労働時間が就業規則でどう定められているかを確認します。制度ごとの年収の見方は裁量労働制の年収の見方で詳しく整理しています。
年間休日が10日違うと実質時給はどう動くか
ここまでの要素を実際の計算に落とします。次の表は実在する企業の条件ではなく、計算の手順を示すための仮の数値です。年収はいずれも額面で、残業代と賞与は含めずに考えます。
| 条件 | 年間休日 | 1日の所定労働時間 | 年間所定労働時間 | 実質時給 |
|---|---|---|---|---|
| A社(年収540万円) | 120日 | 8時間00分 | 1,960時間 | 約2,755円 |
| B社(年収540万円) | 105日 | 8時間00分 | 2,080時間 | 約2,596円 |
| C社(年収560万円) | 125日 | 7時間30分 | 1,800時間 | 約3,111円 |
表の読み方は次のとおりです。A社とB社は提示年収が同額ですが、年間休日が15日違うため年間所定労働時間が120時間開き、実質時給はおよそ159円の差になります。B社がA社と同じ実質時給になるには、年収がおよそ573万円必要です。求人票の額面だけを見ると33万円の違いは見えません。
C社は年収の額面がA社より20万円高いだけですが、休日が多く1日の所定労働時間も短いため、実質時給では最も高くなります。額面の差が小さいときほど、労働時間の差が順位をひっくり返しやすいということです。逆に言えば、額面が100万円以上開いている比較では、休日日数の差だけで結論が変わることはあまりありません。
この表がそのまま使えないケースもあります。残業が常態化している会社では、所定労働時間だけで割った実質時給は実態より高く出ます。みなし残業が年収に含まれている場合も同様で、その分を差し引いてから計算しないと比較になりません。みなし残業を含む年収の扱いはみなし残業を実質時給に換算する方法で手順を示しています。
求人票で確認する項目
比較に必要な情報は、求人票の決まった欄に載っています。応募前に次の項目を書き出しておくと、面接で聞くべきことが絞れます。
- 年間休日総数(「◯日」と数字で書かれているか)
- 週休制の表記(完全週休2日制か、月2回や隔週を含む週休2日制か)
- 始業・終業時刻と休憩時間(ここから1日の所定労働時間を計算する)
- みなし残業の有無と時間数(年収に含まれているなら分離する)
- フレックスや裁量労働の適用範囲(全社か、特定の職種だけか)
これらが揃えば、年間所定労働時間と実質時給はその場で計算できます。逆に、年間休日総数が書かれておらず休日欄が制度名だけの求人は、この時点では比較対象に載せられません。書いていないこと自体を問題視する必要はありませんが、面談で埋めるべき空欄として扱ってください。
完全週休2日制と週休2日制は別物
休日の表記は誤読が起きやすい箇所です。完全週休2日制を採用している企業の割合は65.5%(令和7年(2025年)1月1日現在)で、何らかの週休2日制まで広げると9割を超えます。この2つの数字の差にあたる会社が、月2回や隔週の週休2日制ということになります。
完全週休2日制は毎週かならず2日の休みがある制度を指します。一方、週休2日制という表記は、月に1回でも2日休みの週があれば使えます。後者の会社で祝日が休みでない場合、年間休日は100日前後にとどまることがあります。表記だけで判断せず、年間休日総数の数字と突き合わせてください。
なお、完全週休2日制であっても祝日が出勤日の会社はあります。土日休みで祝日出勤、夏季・年末年始休暇なしという設計なら、年間休日はおよそ104日です。「完全週休2日制」という言葉は休日日数の多さを保証しません。判断材料になるのは制度名ではなく日数です。
有給休暇の取得実態まで含めて見る
所定労働日数のうち何日を有給休暇で休めるかも、実際に働く時間を左右します。情報通信業の年次有給休暇の取得率は66.9%(令和6年(2024年)1年間)、労働者1人平均の取得日数は12.7日です。付与された日数のうち3分の1ほどは使われずに残っている計算になります。
ただし、有給休暇を使った日は所定労働日でありながら働いていない日なので、年間所定労働時間の計算そのものは変わりません。実質時給を出すときは有給を差し引かず、所定労働時間のまま割ります。有給の取得しやすさは、実質時給とは別の軸で評価する情報だと考えてください。
面接で確認するなら、制度の有無ではなく直近の実績を聞くのが有効です。「配属予定のチームで、昨年の有給取得日数の平均はどのくらいですか」という質問は、答えられる会社なら具体的な数字が返ってきます。会社全体の平均だけを示される場合は、部署ごとのばらつきがある可能性を頭に置いておきます。
実質時給が高い会社が常に良いとは限らない
実質時給は条件を並べるための道具であって、順位を決める点数ではありません。時間あたりの条件が最も良い会社を機械的に選ぶと、数年後の年収を左右する要素を取りこぼします。設計を任される範囲、レビューの質、扱うプロダクトの規模は、次の転職での提示額に効いてきます。
たとえば、年間休日が5日少なくても、技術選定やアーキテクチャの判断を任される会社では、経験として説明できる材料が増えます。逆に休日が多くても、仕様どおりに実装するだけの役割が続けば、数年後に比較できる実績が残りません。時間の使い道まで含めて評価する必要があります。
現実的な順序としては、まず実質時給で時間の差を可視化し、そのうえで仕事の中身と将来性を重ねます。時間あたりの条件が数パーセント違う程度なら、仕事の中身で決めて問題ありません。一方、実質時給が2割以上違うなら、その差を埋められるだけの理由が仕事の側にあるかを具体的に説明できる必要があります。
現職と転職先を同じ様式で並べる
比較で最も起きやすい失敗は、転職先の情報だけを詳しく調べ、現職を感覚で評価することです。現職についても、年間休日総数、1日の所定労働時間、みなし残業の有無を同じ欄に書き出してください。就業規則と給与明細を見れば、推測せずに埋められます。
埋めたうえで、転職しない場合を1つの候補として扱います。現職の実質時給が候補より高いなら、提示年収が上がっていても実質的には下がる転職があり得るということです。この確認を挟むだけで、額面の差だけを見て急いで承諾する事故を防げます。オファーを複数比較する手順はオファー面談で確認すべきことにまとめています。
不明な欄は推測で埋めず、質問として残します。年間休日総数を答えられない会社はまずありませんが、配属予定チームの残業実績や有給取得日数は即答されないことがあります。答えが得られないまま計算すると、都合のよい前提を置きがちです。分からない項目は分からないまま比較表に残し、判断の確からしさが低いと扱うほうが安全です。
参考として、同じ経験年数・企業タイプでの年収の目安は診断モデルからも確認できます。
| 企業タイプ | 推定レンジ | レンジの図 |
|---|---|---|
| メガベンチャー・外資 | 604〜709万円 | |
| 上場・大手 | 531〜624万円 | |
| 中小の受託・SIer | 459〜539万円 | |
| スタートアップ | 483〜567万円 | |
| SES | 411〜482万円 |
この表は年収の水準だけを示すもので、労働時間は含んでいません。年収レンジで候補を絞ったあと、この記事の手順で年間所定労働時間を掛け合わせると、時間あたりの条件まで含めた比較になります。年収の水準そのものを確かめたい場合は、経験年数別の相場も合わせて確認してください。
よくある失敗
数字を集めても、扱い方を間違えると結論がぶれます。次の3つは実際に起きやすい失敗です。
- 年間休日だけで比べる — 1日の所定労働時間が30分違えば、休日15日ぶんの差が打ち消されることがある
- みなし残業込みの年収をそのまま割る — 所定労働時間で割ると実質時給が実態より高く出る
- 残業の実績を確認せずに決める — 所定労働時間が短くても、残業が常態化していれば実働は増える
いずれも、分子(年収)と分母(労働時間)の定義が2社で揃っていないことが原因です。みなし残業があるなら両社ともそれを外した基本給ベースで、残業実績を含めるなら両社とも含めた実労働時間で計算します。片方だけ厳しく見積もると、比較そのものが意味を失います。
まとめ
- 提示年収を比べる前に、年間休日総数と1日の所定労働時間から年間所定労働時間を出す
- 年間休日が10〜15日違えば年間の労働時間は100時間以上動き、実質時給に数パーセントの差が出る
- 「完全週休2日制」の表記は休日日数を保証しない。年間休日総数の数字で確認する
- 実質時給は比較の物差しであって順位表ではない。仕事の中身と将来性を重ねて判断する