会社を比べるとき、提示された年収だけを並べると、退職金と企業型確定拠出年金(企業型DC)の分がまるごと抜け落ちます。ただし「退職金があるほうが得」と単純化するのも間違いです。年収の差は毎年積み上がるのに対し、退職金は一度きりだからです。

先に結論を書きます。退職金は会社選びの判断を覆すほどの額になることがありますが、それは年収差が小さい会社どうしを比べているときに限られます。ここでは公的統計の実額を確認したうえで、年収の比較にどう足すかを整理します。

定年まで勤めた場合の平均は1,896万円

厚生労働省の就労条件総合調査で、退職給付制度がある企業に勤め、勤続20年以上かつ45歳以上で定年退職した人の1人平均退職給付額は、大学・大学院卒(管理・事務・技術職)で 1,896万円 でした。1,896万円という数字がひとり歩きしやすいので、この平均が何の平均かを先に押さえます。

対象は「退職給付制度がある企業」に限られています。制度のない会社に勤めた人はそもそも母集団に入っていません。さらに勤続20年以上という条件があるため、転職を繰り返した人も含まれていません。つまりこれは、退職金がある会社に長く勤め、定年まで残った人の平均です。

エンジニアという職種で切った公的統計はないため、学歴と職種区分で最も近いこの区分を代用しています。実際の金額は業種と会社の規程で動くので、自分に当てはまる目安ではなく、桁を確認するための基準として扱ってください。

退職金がある会社は4社に3社

退職給付制度がある企業の割合は、全産業で 74.9%、情報通信業で 74.6% です。裏を返せば、およそ4社に1社には制度そのものがありません。前回調査からは下がっており、増えている項目ではない点も押さえておきます。

差が大きいのは企業規模です。従業員1,000人以上では 90.1% にのぼりますが、30〜99人では 70.1% にとどまります。規模の小さい会社を選ぶ場合は、退職金があること自体を前提にしないほうが安全です。

ここで注意したいのは、制度がないこと自体は待遇が悪いことを意味しない、という点です。退職金の原資を毎月の給与に振り向けている会社もあります。判断すべきは「制度の有無」ではなく、その分が月々の給与に乗っているかどうかです。乗っていないなら、同じ年収でも受け取る総額は下がります。

辞め方で金額が変わる

同じ会社に同じ年数勤めても、退職事由によって金額は変わります。大学・大学院卒(管理・事務・技術職)で、勤続20年以上かつ45歳以上で退職した人の1人平均額は次のとおりです。

退職事由 1人平均退職給付額
定年 1,896万円
早期優遇 2,266万円
会社都合 1,738万円
自己都合 1,441万円

この表の読み方で大事なのは、上下の順番のほうです。最も高いのは早期優遇で、最も低いのが自己都合という並びは、退職金が勤続の対価だけで決まっているわけではないことを示しています。早期優遇は会社が人員構成を動かしたいときに割増を乗せる制度なので、条件が提示されるかどうかは会社の状況次第です。

自分の意思で辞める転職は、この表では自己都合にあたります。定年との差は、額面としては数百万円規模になります。ただしこの表は「勤続20年以上かつ45歳以上で辞めた人」の平均なので、20代・30代の転職にそのまま当てはまる数字ではありません。支給率の下げ方は会社の退職金規程ごとに違うため、金額を知りたい場合は規程を見るしかありません。

勤続年数が短いと、年数の比以上に減る

退職金がどう積み上がるかは、勤続年数別の金額を見ると分かります。同じく大学・大学院卒(管理・事務・技術職)の定年退職者です。

勤続年数 1人平均退職給付額
20〜24年 1,021万円
25〜29年 1,559万円
30〜34年 1,891万円
35年以上 2,037万円

勤続年数が1.5倍ほど違うと金額はおよそ2倍になっています。退職金は勤続年数に比例せず、後半で急に伸びる設計になっている会社が多いということです。多くの退職金規程が、勤続年数に応じた支給率を後半ほど高く設定しているためです。

この形は、転職を考えるときに効いてきます。同じ通算年数を働いても、2社に分けると各社で「伸びる前の区間」を抜けることになり、合計は1社で勤め上げた場合より小さくなりやすくなります。ただしこの表はあくまで定年退職者の平均で、途中で辞めた人の金額ではありません。自己都合の支給率が別に掛かる点も合わせて考える必要があります。

情報通信業は年金型の比率が高い

退職給付制度の中身も業種で違います。退職給付制度がある企業を100としたとき、情報通信業では退職一時金制度のみが 48.5%、一時金と年金の併用が 33.9% です。年金制度がある企業(併用を含む)は 51.5% にのぼります。

全産業計では一時金のみが最も多い形なので、情報通信業は一時金だけで完結する会社が少なく、年金の形を併せ持つ会社が多い業種だといえます。この違いは受け取り方に直結します。一時金は退職時にまとめて出ますが、年金型は分割で受け取る前提の設計になっていることがあり、いつ・どのくらい手にできるかが変わります。

求人票の「退職金制度あり」という一行からは、この違いは読み取れません。制度の形態まで踏み込んで確認しないと、比較の前提が揃わないままになります。

企業型DCは「約束された退職金」ではない

退職年金制度がある企業のうち、確定拠出年金(企業型)を使っている企業は 50.3% です。従業員1,000人以上に限ると 70.9% に上がります。エンジニア向けの求人でよく見る「企業型DCあり」は、この仕組みを指しています。

確定拠出年金は、会社が毎月の掛金を拠出し、その運用結果で将来の受取額が決まる仕組みです。金額が事前に確定していないという点で、支給額が規程で決まる退職一時金とは性質が違います。運用が良ければ従来型を上回ることもあり、悪ければ下回ることもあります。「企業型DCがある=退職金が保証されている」とは読めません。

なお、確定拠出年金の受け取り方や税制上の扱いは、加入期間や他の退職金との関係で変わります。個別の判断は税理士や、会社が案内している運営管理機関に確認してください。

年収差と退職金差、どちらが大きいか

ここが判断の分かれ目です。実務10年以上・東京勤務・スキル中位という条件を固定して、企業タイプだけを変えると次のようになります。

企業タイプ推定レンジレンジの図
メガベンチャー・外資821〜964万円
上場・大手723〜848万円
中小の受託・SIer624〜733万円
スタートアップ657〜771万円
SES558〜655万円
条件:10年以上/東京/スキルスコア50。公開統計をもとにした推定であり、実際の年収を保証するものではありません。算出方法

表の上端と下端の差は、年あたりで見ても定年退職の平均退職給付額を数年で追い越す規模です。退職金が丸ごとない会社と、退職金がある会社を比べても、年収差が大きければ年収差のほうが勝ちます。 企業タイプによる年収の開きは事業の利益率と商流の構造から来ており、この差は在職中ずっと続きます(企業タイプ別の年収相場)。

逆にいえば、退職金が意味を持つのは年収がほぼ並んでいる会社どうしを比べているときです。提示額が同程度で決め手に欠ける場面では、退職金と企業型DCの有無が実質的な差になります。オファーが複数ある場合の比べ方はオファー面談で条件を比較するでも扱っています。

賞与の比率が高い会社では、退職金の算定基礎が基本給になっていることが多く、年収に対する退職金の水準が想像より低く出ることがあります(賞与比率が高い会社と低い会社)。

生涯賃金として比較する手順

比較の粒度をそろえるために、次の順で並べます。年収だけを見ていたときとは違う形が見えることがあります。

  1. 現在の年収と、想定する昇給の幅を置く(定期昇給と転職の損益分岐
  2. 退職給付制度の有無と形態(一時金のみ/年金のみ/併用)を確認する
  3. 企業型DCがあれば、掛金の月額と拠出される年数を掛ける
  4. 自己都合で辞めた場合の支給率が規程にどう書かれているかを見る
  5. 在籍を想定する年数で、年収の累計と退職金の見込みを足す

このうち精度が高いのは1と3です。年収と掛金は数字が確定しているためです。2と4は制度の情報で、金額は勤続年数と規程に依存します。確定している数字と、条件つきの数字を混ぜないことが、比較を歪ませないコツです。

在籍年数を長めに置くほど退職金の影響は大きく出ます。ただし同じ会社に定年まで勤める前提を置くと、実態から離れた比較になりやすくなります。転職回数と年収の関係は転職回数は年収にどう影響するかで扱っています。

転職を挟むと退職金はどうなるか

転職すると、退職金は「その時点までの分」で一度精算されます。前述のとおり後半で伸びる設計が多いため、通算では同じ年数でも合計は下がりやすくなります。これは制度上の仕組みであり、会社の評価とは関係ありません。

一方で、転職によって年収が上がれば、その差は毎年積み上がります。退職金の目減りが一度きりの金額であるのに対し、年収の差は在籍年数の分だけ掛け算になります。どちらが大きいかは、上がる金額と残りの就業年数で決まります。

企業型DCについては、転職先にも制度があれば資産を移せる仕組みがあります。制度がない場合の扱いを含め、手続きの条件は加入している運営管理機関に確認してください。ここは個別の状況で変わるため、記事の一般論では判断できない部分です。

求人票と面談で確認する項目

制度の有無は求人票の一行では分かりません。確認するのは次の点です。金額そのものは聞きづらくても、制度の形は選考の中で確認できます。

  • 退職給付制度があるか。ある場合、一時金・年金・併用のどれか
  • 企業型DCの有無と、会社が拠出する掛金の月額
  • 選択制DC(給与の一部を掛金に振り替える形)かどうか
  • 退職金の算定基礎が基本給か、他の要素も含むか
  • 自己都合退職の支給率が、勤続何年から発生するか

3つ目は特に見落とされます。選択制の場合、掛金の原資が自分の給与から出ているため、会社が上乗せしているわけではありません。同じ「企業型DCあり」でも中身が違うので、どちらの形かは必ず確認します。

50代に入ると、退職金の条件は在籍を続けるかどうかの判断に直接効いてきます(50代エンジニアの年収)。

この記事の数字が当てはまらないケース

引用した統計は、常用労働者30人以上の民営企業を対象にした調査です。30人未満の会社、設立から間もない会社、外資系の日本法人には当てはまりにくい数字です。とくにスタートアップでは退職金制度を持たず、その分をストックオプションや現金報酬に振り向けている例があります。

また退職給付額の平均は、勤続20年以上かつ45歳以上で退職した人だけを集計したものです。20代・30代で辞める場合の金額を推し量る用途には向きません。勤続年数別の表も、あくまで定年退職者の内訳です。

職種別の内訳も公表されていません。同じ「管理・事務・技術職」の区分には、エンジニア以外の職種も入っています。業種として近い情報通信業の制度の割合と組み合わせて、輪郭を掴むところまでが統計でできる範囲です。

今の年収水準を確かめてから比べる

退職金を足した比較は、現在の年収が同条件の相場に対してどこにあるかが分かっていないと成り立ちません。相場より下にいる状態で退職金の有無を気にしても、優先順位が逆になります。まず年収の位置を確認し、そのうえで制度の差を足すのが順序です。

条件を揃えた推定レンジは、経験年数・企業タイプ・勤務地・スキル水準の4つで変わります。たとえば実務10年以上・東京・上場企業・スキル中位なら次の範囲です。

723〜848万円

このレンジと現在の年収を突き合わせて、差が大きいようなら、先に取り組むのは退職金の比較ではなく年収そのものです。差が小さいなら、退職金と企業型DCが判断材料として効いてきます。

まとめ

  • 定年まで勤めた大学・大学院卒(管理・事務・技術職)の平均退職給付額は1,896万円。ただし退職給付制度がある企業に勤め、勤続20年以上で定年まで残った人の平均
  • 制度がある企業は全産業で 74.9%、情報通信業で 74.6%。規模が小さいほど低く、制度がないこと自体は珍しくない
  • 退職金が判断を変えるのは年収がほぼ並んでいるときだけ。年収差が大きい場合は、年収差のほうが総額で勝つ
  • 企業型DCは受取額が確定しない仕組み。比較できるのは掛金の月額と拠出年数の2つ