派遣やSESで常駐している現場から「うちの社員にならないか」と打診されたとき、最初に確かめたいのは金額そのものではありません。その金額が何をもとに決まっているかです。

直接雇用の提示額は、いまの月給の延長でも、派遣元やSES企業が受け取っている契約単価の割り戻しでもありません。受け入れる側が持っている給与テーブルと等級のどこに当てはめるか、という別の物差しで決まります。物差しが変わるということは、いまの給与明細を見ながら「これより少し上」と考える発想が、そもそも噛み合わないということです。

この記事では、切り替えの経路ごとに何が決まっているのか、いまの収入と何を比べればよいのか、承諾する前に確認する項目は何かを順に整理します。

直接雇用の提示額を決めているもの

提示額を決めているのは、受け入れ先の給与テーブルと、そこに当てはめられる等級です。あなたの現在の月給は、参考として聞かれることはあっても、計算の基礎にはなりません。

理由は、直接雇用が「いまの契約の続き」ではなく「新しい雇用契約の開始」だからです。受け入れ先の人事から見ると、社内の既存社員との整合を崩さずに処遇を決める必要があります。同じ仕事をしている社員が何等級で、その等級のレンジがいくらなのかが先にあり、あなたをそのどこに置くかという順番で金額が出てきます。

具体的には、現場での評価が高くても、社内で同じ役割を担う人が3等級の下寄りに集まっているなら、提示額もその近辺に収まります。逆に、担当していた範囲が社内の想定より広い場合には、一段上の等級で検討されることがあります。動かせるのは等級と、その等級レンジの中の位置であって、テーブルそのものではありません。

注意点として、常駐で長く働いてきた実績は、そのまま等級に反映されるとは限りません。受け入れ先が見ているのは在籍年数ではなく、任せられる判断の範囲です。誰かの指示のもとで実装してきた期間が長くても、設計や見積もりの判断を担っていなければ、等級の判定はその範囲で行われます。

切り替えには3つの経路がある

同じ「直接雇用への切り替え」でも、たどる経路によって、条件がどこまで決まっているかが違います。

経路 条件が示される時期 交渉の余地
紹介予定派遣 派遣就業を始める前 就業前の提示段階が中心
派遣期間の満了に伴う直接雇用 満了が近づいた時期 打診から承諾までの間
常駐先からの個別の打診 打診の時点では未確定 条件を組み立てる段階から

紹介予定派遣は、一定期間の派遣就業のあとに直接雇用へ移ることを前提にした形態です。前提が置かれているぶん、雇用形態や想定される処遇の見込みが就業前の段階で示されます。逆に言えば、条件の枠は早い段階で固まっているため、就業してから大きく動かすのは難しくなります。

派遣期間の満了に伴う切り替えと、常駐先からの個別の打診は、条件が固まっていない状態から始まります。これは不利にも有利にも働きます。まだ何も決まっていないということは、等級の判定材料をこちらから出せるということでもあるからです。担当してきた範囲を書面で整理して先に渡せるかどうかが、そのまま提示額の起点を左右します。

どの経路であっても共通しているのは、派遣元やSES企業との契約関係の整理が別途必要になる点です。就業条件明示書と、いま結んでいる雇用契約書に何が書かれているかを先に読み、判断がつかない部分は都道府県労働局の相談窓口など公的な窓口で確認してください。この記事では契約上の可否そのものは扱いません。

契約単価から自分の年収を逆算しない

打診を受けたときにやりがちなのが、「うちの単価は月◯万円だから、直接雇用ならその分が丸ごと自分に来るはず」という計算です。これは成り立ちません。

契約単価には、派遣元やSES企業の粗利のほか、営業費用、間接部門の人件費、待機期間の負担、社会保険の会社負担分が含まれています。単価と給与の関係の見方はSESの契約単価と給与の関係で扱っていますが、還元率を出せたとしても、それは「いまの会社がどう配分しているか」の数字であって、次の会社が払う金額の根拠にはなりません。

そのうえ、直接雇用に切り替わると単価そのものが消えます。受け入れ先にとっては、派遣料金を払うのをやめて、社員の人件費を負担する形に変わるだけです。派遣料金より社員の人件費のほうが安く済むケースは珍しくなく、その差額があなたの給与に上乗せされる保証はありません。

参考までに、フリーランスの月額単価は 78.3万円/月(2025年12月度) ですが、この水準がそのまま年収になるわけではないことはフリーランスと正社員の比較で整理したとおりです。単価という数字は、雇用の形が変わった瞬間に意味が変わります。

受け入れ先の企業タイプが、レンジそのものを動かす

等級の中での位置より先に効くのが、受け入れ先がどういう会社かという点です。実務3〜5年・東京勤務・スキル中位という条件を固定して、企業タイプだけを変えるとこうなります。

企業タイプ推定レンジレンジの図
メガベンチャー・外資604〜709万円
上場・大手531〜624万円
中小の受託・SIer459〜539万円
スタートアップ483〜567万円
SES411〜482万円
条件:3〜5年/東京/スキルスコア50。公開統計をもとにした推定であり、実際の年収を保証するものではありません。算出方法

常駐先が中小の受託・SIerである場合、SESに所属したままの水準との差は中央値どうしで53万円です。常駐先が上場・大手であれば、同じ比較で132万円になります。つまり切り替えで動く幅は、交渉の巧拙より、どこに移るかでほぼ決まります。この構造は企業タイプ別の年収相場で扱っています。

表の読み方には注意が必要です。この推定は正社員としてフルタイムで働く前提で計算しています。直接雇用が契約社員である場合や、勤務時間が短くなる場合には当てはまりません。また常駐先が一次請けか二次請けかによって、同じ「受託」でも商流上の位置が違い、レンジの前提も変わります(一次請けと二次請けの違い)。

もうひとつ、表に出ていない条件があります。あなたが常駐していた現場は、その会社の中で利益を生んでいる部門とは限りません。受け入れ先の主力事業から遠い部署に配属される場合、社内の評価軸が現場での貢献とずれることがあります。どの部署の、どの役割として採用されるのかは、金額と同じ重さで確認する項目です。

比べるのは総額ではなく所定内給与

提示額と現在の年収を比べるとき、総額どうしを並べると判断を誤ります。内訳が違うものを足し合わせた数字だからです。

派遣やSESでは、残業代が実績どおり支払われる契約になっていることがあります。その場合、いまの年収には残業した分がそのまま含まれています。一方、直接雇用の提示額には固定残業代(みなし残業)が含まれていることが多く、提示額が上回っていても、所定内の給与では下がっている場合があります。換算の手順はみなし残業を実質時給に換算する方法に書いたとおりです。

情報通信業の所定内給与額は 406千円/月(令和7年(2025年)) で、全国の一般労働者の 340.6千円/月 を上回っています。ここで押さえておきたいのは水準そのものではなく、公的統計が「所定内」という揃えた土俵で比べている点です。同じ土俵に自分の数字を置き直さないと、比較になりません。

具体的な手順としては、いまの年収から残業代を引いて所定内の年額を出し、提示額からも固定残業代を引いて所定内の年額を出します。そのうえで両者を並べます。固定残業代の時間数と金額は労働条件通知書に書かれているので、口頭の説明ではなく書面で確認してください。

直接雇用で初めて効いてくるもの

所定内給与で並べても、まだ比較は終わりません。直接雇用に切り替わると、それまで対象外だった制度が効き始めることがあるためです。

まず賞与です。派遣やSESでも賞与がある会社はありますが、支給の考え方は会社ごとに違います。直接雇用の提示額が「基本給×12+賞与見込み」で示されている場合、その賞与部分が確定なのか業績連動なのかで、初年度の受取額は変わります。賞与の扱いは賞与比率が高い会社と低い会社で整理しています。

次に定期昇給です。情報通信業で定期昇給制度がある企業の割合は 89.6%(令和7年(2025年)) で、1人平均賃金の改定率は 3.9% でした。制度があるかどうかで、5年後の位置が変わります。初年度の提示額が横ばいでも、昇給の仕組みに入れるなら判断は違ってきます。

3つ目が退職金です。情報通信業で退職給付制度がある企業の割合は 74.6%(令和5年(2023年)) です。制度がある場合、勤続年数の起算がいつからになるかを確認してください。派遣として就業していた期間が通算されるとは限りません。生涯で受け取る額まで含めた比較の考え方は退職金と生涯賃金での会社の選び方にまとめています。

直接雇用は正社員とは限らない

打診を受けたとき、直接雇用と正社員を同じ意味に受け取ってしまうことがあります。この2つは別の話です。直接雇用とは、あいだに派遣元やSES企業を挟まず、就業先と直接に雇用契約を結ぶことを指すだけで、その契約が有期か無期かは含まれていません。

契約社員としての直接雇用であれば、契約期間、更新の判断基準、更新の上限があるかどうかを確認します。あわせて、賞与や退職金の対象になるか、正社員登用の条件が明文化されているかも見ます。「実績を積めばいずれ正社員に」という口頭の説明は、判定の時期と基準が書面にない限り、条件として数えられません。正社員と契約社員の違いは正社員と契約社員のどちらが得かで扱っています。

判断に迷う場合は、いまの雇用の安定性と比べてください。派遣元やSES企業に無期雇用で在籍しているなら、有期の直接雇用に移ることは、雇用の安定という面では後退になり得ます。金額が上がっていても、この点は別に評価する必要があります。

打診を受けたら確認する7項目

条件を聞く順番を決めておくと、その場の雰囲気で判断せずに済みます。金額から入らず、金額が何で決まっているかから入るのが要点です。

  1. 雇用形態(無期か有期か、有期なら期間と更新の判断基準)
  2. 配属される部署と、担当する役割の範囲
  3. 等級と、その等級の給与レンジの上下
  4. 提示額の内訳(基本給、固定残業代の時間数と金額、諸手当)
  5. 賞与の有無と、確定部分と業績連動部分の割合
  6. 昇給と評価の時期、次の等級に上がる条件
  7. 退職金や企業型DCの有無と、勤続年数の起算日

7項目のうち、3番と4番が提示額の説明そのものです。等級のレンジを聞けると、いまの提示がその中のどこにあるのかが分かり、交渉できる幅も見えます。レンジの上限に近い提示なら、入社後は昇格しないと上がりにくいという意味でもあります。

答えが返ってこない項目があった場合、それ自体が情報です。等級の説明ができない会社は、入社後の昇給の説明もできない可能性があります。根拠の出し方とタイミングは年収交渉で通る根拠4つにまとめました。

提示額が下がるとき、何を見て判断するか

提示額が現在の年収を下回ることは、実際に起こります。このときに考える順番を決めておきます。

最初に、所定内給与どうしで比べ直します。いまの年収に残業代が多く含まれていた場合、所定内では下がっていないことがあります。この段階で下がっていないなら、実質は残業時間の減少であって、収入の低下ではありません。

次に、制度で埋まるかを見ます。賞与と定期昇給の仕組みに入れるなら、数年での回復の可能性を見積もれます。情報通信業の改定率が 3.9% という水準であることを踏まえると、単年で大きく戻る前提は置けませんが、複数年での差は出ます。

それでも下がるなら、下がる理由を確認します。等級の判定が想定より低いなら、その根拠を聞きます。担当してきた範囲が正しく伝わっていないだけなら、資料を出し直す余地があります。会社の給与テーブル自体が低いなら、それは交渉ではなく応募先の選択の問題です。構造の差は交渉では埋まりません。

自分から直接雇用を目指す場合

打診を待つのではなく、こちらから動く場合もあります。この場合に効くのは、常駐先への働きかけよりも、市場のほうを見ることです。

情報処理・通信技術者の有効求人倍率は 1.39倍(令和8年3月) で、全職業の 1.1倍 を上回っています。求人がある状態では、常駐先1社に絞る必要がありません。同時に他社の選考を進めておくと、条件の比較対象ができ、判断の基準が自分の中に持てます。

準備として必要なのは、担当してきた範囲を等級の言葉に翻訳することです。「◯◯システムの開発に従事」ではなく、どの判断を自分がしていたのかを書き出します。設計の選択、見積もりの根拠、障害時の切り分け、後輩への引き継ぎといった具体が、等級の判定材料になります。書き方は職務経歴書で提示年収が変わる理由で扱っています。

同じ条件でも、スキルの水準だけでこれだけ動きます。実務3〜5年・東京・中小の受託という枠の中での比較です。

  • スキル下位(スコア30):424〜498万円
  • スキル上位(スコア85):520〜610万円

よくある失敗

最も多いのが、打診をその場で受けてしまうことです。現場の担当者から口頭で聞いた金額は、人事の決裁を通った提示ではないことがあります。金額を聞いた時点では返事をせず、書面での提示を待つと決めておけば、この失敗は起きません。

2つ目が、いまの会社に伝える順番を誤ることです。条件が固まっていない段階で退職の意思だけを先に伝えると、選択肢が減ります。カウンターオファーへの向き合い方は退職を伝えた後のカウンターオファーで整理しました。

3つ目が、平均年収を根拠に希望額を伝えることです。ITエンジニア全体の平均 469万円 には未経験も10年以上も含まれており、自分の条件を説明する数字になりません。使うなら、経験年数・企業タイプ・勤務地を揃えた同条件のレンジです。

4つ目が、同じ現場で働き続けられることを条件の一部として数えてしまうことです。慣れた現場に残れるのは確かに価値ですが、直接雇用になれば配属先の判断は受け入れ先の裁量に移ります。数年後も同じ仕事とは限らない前提で、処遇そのものを見てください。

まとめ

  • 直接雇用の提示額は、いまの月給や契約単価ではなく、受け入れ先の給与テーブルと等級で決まる
  • 動く幅は交渉より受け入れ先の企業タイプで決まる。実務3〜5年・東京の中央値でSESと中小の受託の差は53万円、上場・大手なら132万円
  • 比べるのは総額ではなく所定内給与。そのうえで賞与・定期昇給・退職金という制度の有無まで含めて判断する
  • 打診を受けたら、雇用形態、配属、等級とレンジ、内訳、賞与、昇給、退職金の7項目を書面で確認する