業務委託で働くフリーランスエンジニアが、契約の更新のときに単価を上げてもらうには、何をすればよいのか。結論から言うと、更新するかどうかを伝える期限より前に、担当範囲の広がり、発注者にとっての成果、市場の単価という3つの根拠を揃えて相談できるかで決まります。正社員の昇給のように評価の時期に自動で見直される仕組みがないため、自分から時期と根拠を用意しなければ、単価は契約した時の水準のまま続くことが多いためです。
一方で、交渉には、更新されないという結果になるおそれもあります。発注者の予算に余地がない場合や、代わりの人を見つけやすい役割の場合は、交渉の進め方によっては契約が終わることもあります。本記事では、単価が決まり始める時期、交渉の根拠になる3つの材料、エージェント経由の案件での進め方、市場が冷えている局面での注意点、交渉の5つの手順、断られたときの選択肢を整理します。
単価は「更新の前」に決まり始める
単価の交渉で最も大切なのは、交渉を始める時期です。発注者は、契約の更新の時期より前に、次の期間の予算と体制を決め始めます。その後に単価の話を持ちかけても、すでに決まった予算の中で調整する余地は小さくなります。
準委任の契約では、1か月から数か月の単位で更新を繰り返すことが多く、更新しない場合は一定の期限までに伝える決まりを置くことが一般的です。この期限の直前に単価の話を始めると、発注者は予算を動かす時間がなく、「今回はこのままで」という回答になりやすくなります。
たとえば、四半期ごとに予算を見直す発注者であれば、次の四半期の予算を決める時期に合わせて、単価の見直しを相談しておくと、予算の中に組み込んでもらえる可能性が高くなります。発注者がいつ予算を決めているかは、日頃の打ち合わせの中で、次の期間の体制の話が出る時期から推測できます。準委任の契約の読み方は準委任と請負の違いで整理しています。
契約書で更新の単位と通知の期限を確認する
交渉の時期を決めるために、まず契約書で、更新の単位と、更新しない場合の通知の期限を確認します。これが分からないと、いつまでに交渉を終えればよいかが決まりません。
確認するのは、契約の期間と更新の単位、自動で更新されるのか、都度合意して更新するのか、更新しない場合に何日前までに伝えるのか、の3点です。エージェント経由の案件では、自分とエージェントの間の契約と、エージェントと発注者の間の契約で、期限が違うことがあります。自分に適用される期限だけでなく、エージェントが発注者に伝える期限も聞いておきます。
期限が分かったら、そこから逆算して、根拠を揃える時期、相談を切り出す時期、回答を受け取る時期を決めます。回答を受け取った後に、受け入れるか、ほかの案件を探すかを判断する時間も必要です。期限の直前に回答を受け取ると、選択肢がなくなり、提示された条件をそのまま受け入れるしかなくなります。
単価の水準を確認する
交渉の前に、自分の単価が市場の中でどの水準にあるかを確認しておきます。エン株式会社の調査では、フリーランスエンジニアの月額平均単価は 78.3万円/月(2025年12月度)、リモート案件では 80.2万円/月、常駐案件では 76.6万円/月 です。職種によっても差があり、同じ調査でSREの月額平均単価は 93.5万円/月 です。
ただし、これらは掲載された案件の単価の平均で、職種、経験、役割の違いを含んだ数字です。自分の単価が平均より低いことだけを根拠にしても、発注者には「あなたの役割と経験では妥当な水準だ」と返されることがあります。平均は、自分の単価の位置を把握するための目安として使い、交渉の中心の根拠にはしないほうが安全です。
正社員と比べた場合の位置も、目安として確認できます。当サイトの推定モデルで、実務6〜9年、スタートアップ、フルリモート、スキル中位の条件のフリーランスの推定レンジは 751〜882万円 です。単価と正社員の年収の比べ方はフリーランスと正社員の年収比較で扱っています。
根拠1:担当範囲が契約時より広がった
交渉の根拠として最も説得力があるのは、契約した時と比べて、担当している範囲が広がったことです。単価は契約した時の役割を前提に決まっているため、役割が広がっていれば、見直しを求める理由が明確になります。
業務委託の仕事では、最初は決められた機能の実装を担当していたのに、次第に設計の相談を受けたり、新しく入った人の立ち上がりを手伝ったり、障害の調査を任されたりすることがよくあります。発注者にとっては自然な流れでも、契約の内容から見ると、担当範囲が広がっています。
根拠として示すときは、契約した時の業務の内容と、今の業務の内容を並べます。「契約時は画面の実装を担当。現在は、それに加えてAPIの設計のレビューと、新しく参加した2名の立ち上がりの支援を担当している」のように、具体的に書きます。担当範囲が広がったのに単価が変わらない状態は、発注者も説明を受ければ理解しやすい状況です。
根拠2:成果を発注者の言葉で示す
2つ目の根拠は、発注者にとっての成果です。自分がどれだけ頑張ったかではなく、発注者の事業やチームにとって何が良くなったかを、発注者が使う言葉で示します。
発注者が気にしているのは、開発の予定が守られているか、品質の問題が減っているか、チームの生産性が上がっているか、といった点です。たとえば、「テストの仕組みを整えた結果、リリース後の不具合の報告が減った」「処理の遅さの原因を特定して改善し、利用者からの問い合わせが減った」のような成果は、発注者にとって価値が分かりやすいものです。
成果を示すときは、数字を使える場合は使いますが、発注者が公開していない数字や、自分が関わっていない範囲の数字は使わないようにします。数字がなくても、改善の前後で何が変わったかを具体的に書けば、根拠になります。日頃から、担当した改善とその結果を記録しておくと、交渉の時期に慌てずに済みます。
根拠3:同じ役割の案件の単価と比べる
3つ目の根拠は、同じ役割と経験の案件の単価です。市場の平均ではなく、自分が今担っている役割と同じ条件の案件が、どの水準で募集されているかを示します。
たとえば、今の案件で設計のレビューとチームの支援まで担当しているなら、同じような役割を求める案件の募集の単価を調べます。複数のエージェントに相談し、自分の経歴で紹介できる案件の単価の幅を聞くのも有効です。こうして得た情報は、「同じ役割の案件ではこの水準で募集されている」という根拠になります。
注意したいのは、他の案件の単価を、発注者への圧力として使わないことです。「ほかの案件ならもっと高い」という伝え方は、交渉ではなく、契約を終える予告として受け取られることがあります。あくまで、今の役割の市場の水準を共有し、見直しを相談する材料として示してください。
エージェント経由の案件で交渉するとき
エージェントを通して契約している案件では、交渉の相手と、単価の構造が直接の契約と違います。発注者がエージェントに支払う額と、エージェントが自分に支払う額は別であることが多く、その差がエージェントの取り分になっています。
この構造では、単価を上げる方法が2つあります。1つは、発注者がエージェントに支払う額を上げてもらう方法です。この場合、エージェントが発注者と交渉するため、自分はエージェントに根拠を渡し、交渉を依頼します。もう1つは、発注者の支払う額は変えずに、エージェントの取り分の配分を見直してもらう方法です。どちらを相談するのかを分けて伝えると、話が進みやすくなります。
エージェントには、発注者との交渉の経験や、ほかの案件の単価の情報があります。根拠を揃えて相談すると、発注者への伝え方や時期について助言をもらえることもあります。一方で、エージェントによって交渉への姿勢は違うため、回答が曖昧な場合は、発注者に伝えたかどうか、発注者からどんな回答があったかを確認してください。商流の違いが単価に与える影響は一次請けと二次請けの年収差で整理しています。
市場が冷えている局面での交渉
交渉の進め方は、エンジニアの採用の市場の状況によっても変わります。市場が冷えている局面では、単価を上げる交渉より、条件を守る交渉を優先する判断もあります。
厚生労働省の統計で、情報処理・通信技術者の有効求人倍率は 1.39倍(令和8年3月)、新規求人数は前年同月比で -16.3% です。これは正社員などの職業紹介の統計で、フリーランスの案件の数を直接示すものではありませんが、発注者側でエンジニアへの需要が弱まっている局面では、予算を増やす判断が慎重になりやすくなります。
こうした局面では、単価の大幅な引き上げを求めるより、担当範囲が広がった分の見直しに絞る、次の更新の時期に改めて見直す約束を取りつける、といった進め方のほうが通りやすいことがあります。反対に、自分の役割に代わりの人を見つけにくい場合は、市場の状況にかかわらず、根拠を示して見直しを求める余地があります。求人が減る局面での考え方は求人が減る局面で年収を下げずに転職する条件も参考になります。
交渉の5つの手順
単価の交渉は、次の5つの手順で進めます。
- 契約書で、更新の単位、更新しない場合の通知の期限、エージェント経由なら発注者側の期限を確認する
- 担当範囲の広がり、発注者にとっての成果、同じ役割の案件の単価の3つの根拠を1枚にまとめる
- 断られた場合に受け入れる条件(据え置きで更新する、範囲を戻す、ほかの案件を探す)を先に決める
- 発注者が次の期間の予算を決める前に、根拠を添えて見直しを相談する(エージェント経由ならエージェントに依頼する)
- 回答を受け取ったら、合意した単価と担当範囲、次の見直しの時期を、契約書や書面に反映する
手順3を先に決めておくことが大切です。断られた場合の行動を決めずに交渉すると、回答を受けたときに感情的な判断をしやすくなります。手順5で、担当範囲と次の見直しの時期を書面に残しておくと、次の更新の交渉がしやすくなります。
伝え方の例
相談を切り出すときは、単価の要求から始めるのではなく、担当範囲と成果の確認から始めると、発注者も話を受け止めやすくなります。
たとえば、「次の期間の体制を考える時期かと思い、ご相談です。契約時は画面の実装を中心にお引き受けしましたが、ここ数か月はAPIの設計のレビューと、新しく参加された方の立ち上がりの支援も担当しています。こうした役割を次の期間も続ける前提であれば、単価をこの水準に見直していただけないか、検討をお願いできますでしょうか」のように伝えます。
この伝え方では、担当範囲が広がった事実、今後も続けるかどうかの確認、見直しの希望の水準を、順に示しています。発注者が「その役割は次の期間は不要」と判断すれば、範囲を戻して単価を据え置くという選択肢も話し合えます。見直しの希望の水準は、根拠3で調べた同じ役割の案件の単価の範囲に収まるように決めてください。
断られたときの選択肢
根拠を示して相談しても、単価の見直しを断られることはあります。断られたときの選択肢を複数持っておくと、次の行動を落ち着いて決められます。
1つ目は、単価を据え置く代わりに、担当範囲を契約した時の水準に戻す選択肢です。単価に見合う範囲で働くことで、実質の時間あたりの報酬を守れます。2つ目は、次の更新の時期に改めて見直す約束を取りつける選択肢です。発注者の予算の都合で今回は難しい場合に有効です。3つ目は、稼働時間の精算の条件を見直す選択肢です。稼働時間が契約の範囲を超えがちな場合は、精算の条件を整えることで、実質の報酬を上げられることがあります。
どれも受け入れられない場合は、ほかの案件を探しながら、今の契約の終わり方を決めることになります。その場合も、通知の期限を守り、引き継ぎを丁寧に行うことが、次の案件の紹介や、将来の再契約につながります。案件が途切れる期間の考え方はフリーランスの週3・週4案件で年収を維持する条件でも扱っています。
よくある失敗
単価の交渉で起きやすい失敗は3つあります。1つ目は、更新の通知の期限の直前に相談することです。発注者は予算を動かす時間がなく、据え置きの回答になりやすくなります。
2つ目は、市場の平均単価だけを根拠にすることです。平均は職種や役割の違いを含んだ数字で、自分の条件に当てはまるとは限りません。担当範囲の広がりと成果を中心に据えてください。
3つ目は、断られた場合の行動を決めずに交渉することです。回答を受けたときに、据え置きを受け入れるのか、範囲を戻すのか、ほかの案件を探すのかを決められず、結局何も変わらないまま次の期間に入ってしまいます。
まとめ
- 業務委託の単価は自動では見直されにくく、更新の通知の期限より前に自分から相談する必要がある
- 根拠は、担当範囲の広がり、発注者にとっての成果、同じ役割の案件の単価の3つを揃える
- エージェント経由の案件では、発注者側の単価を上げるのか、取り分の配分を見直すのかを分けて相談する
- 市場が冷えている局面では、範囲の広がりに絞った見直しや、次の更新での見直しの約束が通りやすい
- 断られた場合の選択肢を先に決め、合意した単価、担当範囲、次の見直しの時期を書面に残す
単価の交渉の前に、今のスキルと経歴で、正社員として働いた場合の推定レンジも確認しておくと、自分の単価の位置を把握する目安になります。