スタートアップから届いたオファーに、現職より低い現金の年収と、ストックオプションが並んでいる。この2つを足して比較してよいのか、という問いへの答えは足さないです。

理由は単純で、片方は入社した月から確定して支払われ、もう片方は複数の条件が全部そろったときにだけ金銭になるからです。性質が違うものを合算すると、比較そのものが成り立たなくなります。

結論:オファー比較では年収に含めない

ストックオプションは、決められた価格で自社株を買える権利です。権利であって株式そのものではないため、受け取った時点では現金化できる資産になっていません。買った株が権利行使価格を上回る値で売れて、はじめて差額が手取りになります。

この「売れる」までの距離が長いことが、給与と決定的に違う点です。会社が上場するか買収されるまで、未上場株には基本的に売却先がありません。そこへ到達する前に退職すれば、確定していない分は失効するのが一般的です。つまり受取額は、金額が小さくなるのではなくゼロになりうる性質を持っています。

だからといって価値がないという話ではありません。判断の順序の問題です。ストックオプションの価値をいったんゼロと置いて現金部分だけで比較し、そのうえで「上振れの可能性をどう見積もるか」を別枠で考える。この順序なら、条件が揃わなかった場合にも生活が崩れません。

まず現金部分だけで足りるかを見る

比較の起点は、提示された現金の年収が、同条件の相場のどこにあるかです。実務3〜5年・東京・スキル中位という条件を固定して、企業タイプだけを変えると次のようになります。

企業タイプ推定レンジレンジの図
メガベンチャー・外資604〜709万円
上場・大手531〜624万円
中小の受託・SIer459〜539万円
スタートアップ483〜567万円
SES411〜482万円
条件:3〜5年/東京/スキルスコア50。公開統計をもとにした推定であり、実際の年収を保証するものではありません。算出方法

スタートアップの行は、上場・大手の行より低い位置にあります。この差は、事業がまだ利益を出し切っていない段階で人件費に回せる原資が限られることから来ています(企業タイプ別の年収相場)。ストックオプションは、この構造的な差を将来の持分で埋める設計として使われています。

表の読み方には注意点があります。これは同条件のエンジニアがどのあたりに分布するかの推定で、個別の企業の支払能力を示すものではありません。スタートアップの中にも資金調達の段階によって上場企業と遜色ない現金を出す会社はあり、逆に上場企業でも下端に近い提示はあります。表は「提示額が相場のどちら側にあるか」を確かめる物差しとして使い、個社の判断はオファーの実額で行ってください。

ストックオプションが現金と違う3つの点

給与との違いは、突き詰めると次の3つに整理できます。

第一に、受け取るまでに時間がかかります。給与は毎月支払われますが、ストックオプションは権利が確定するまでに数年、そこから現金化できる状態になるまでにさらに時間がかかります。第二に、金額が確定していません。行使価格は決まっていても、売却時の株価は決まっていないため、差額がいくらになるかは事前に計算できません。第三に、受け取れるかどうかが自分だけでは決まりません。在籍を続けるかは自分の選択ですが、上場や買収に至るかは会社と市場の側の条件です。

給与交渉で動かせるのは、応募先が持っている等級レンジの内側でした(年収交渉で通る根拠)。ストックオプションはその外側にある変数で、交渉で確実性を上げられる部分は限られます。上げられるのは、後述する条件の明確さのほうです。

株数ではなく持分比率で見る

提示のときに伝えられるのは株数であることが多いのですが、株数だけでは価値が判定できません。同じ株数でも、発行済株式総数が10倍の会社なら持分比率は10分の1になるためです。

確認するのは次の3つです。付与時点の発行済株式総数、それに対する自分の持分比率、そして権利行使価格。この3つが揃うと、「会社全体の評価額がいくらになったとき、自分の持分がいくらに相当するか」を自分で計算できる状態になります。計算式そのものは単純な掛け算で、難しいのは数字を教えてもらえるかどうかです。

答えられない、あるいは「詳細は入社後に」と言われる場合、それ自体が情報です。付与の条件を説明できない状態で判断を求めているということなので、その不確かさを織り込んだうえで、現金部分の比較に戻ることになります。ここで押し切って入社を決めると、後から条件を知って落差を感じる形になりやすい箇所です。

希薄化で持分は減っていく

持分比率は、付与された時点で固定されるものではありません。会社が次の資金調達を行えば新しい株式が発行され、既存の持分比率はその分だけ下がります。これが希薄化です。

希薄化は不健全な出来事ではなく、事業を伸ばすための資金調達に伴って通常起きることです。調達によって企業価値が上がれば、比率が下がっても金額としては増えることがあります。問題は、比率が下がる可能性を知らないまま、付与時点の比率がそのまま維持されると考えてしまうことです。

現実的に確認できるのは、これまでに何回調達しているか、直近の調達がいつかといった公表情報の範囲です。将来の調達回数を正確に読むことはできません。したがってここは、精密に見積もるのではなく「持分比率は下がる方向に動きうる」という前提を置いておく、という扱いになります。

ベスティングと行使期間

ベスティングは、権利が時間をかけて確定していく仕組みです。付与された全量が最初から使えるわけではなく、一定期間の在籍を経て少しずつ確定します。最初の確定までに一定の据置期間を置く設計もよく使われます。

確認すべきなのは、いつから何割ずつ確定するのかという刻み方と、権利を行使できる期間の始期と終期です。行使期間には終わりがあり、その間に行使しなければ権利は消えます。上場が期間内に起きなければ、確定していても使えないまま終わる可能性があるということです。

ここも、契約書に書かれている条件を読むだけで確認できます。口頭で「だいたい4年で」と説明されても、実際の条項と食い違うことがあります。オファー段階で契約書の写しが見られないなら、条件の要点を書面で確認できるかを聞いてください。書面で残らない条件は、入社後に確認しても遡って直せません。

退職したらどうなるか

もっとも見落とされやすいのが、退職時の扱いです。多くの制度では、確定していない分は退職と同時に失効します。確定済みの分についても、未上場のうちは行使しても売却先がないため、行使資金だけを負担して換金できない株式を持つか、権利を手放すかという選択になります。

つまりストックオプションは、在籍を続けることを前提にした報酬です。ここが給与と大きく違う点で、「合わなければ辞めればいい」という判断のしやすさを下げる方向に効きます。数年後に自分がどう動きたいかが読めない段階では、この拘束の強さも判断材料に入れておくほうが安全です。

退職事由によって扱いが変わる規定が置かれていることもあります。会社都合か自己都合か、競業する会社に移るかどうかで条件が分かれる形です。細かい条項ですが、実際に効くのは退職するときなので、付与を受ける前に読んでおく箇所になります。

税制の扱いは税理士に確認する

制度上、税制適格の要件を満たすものと満たさないものがあり、課税されるタイミングと区分が変わります。要件は付与価額や行使期間などが細かく定められており、契約の設計によってどちらになるかが決まります。

ここで大切なのは、自分で結論を出さないことです。適用の可否は契約内容と本人の状況の組み合わせで決まり、一般的な説明をそのまま当てはめられるとは限りません。金額の見積もりや申告の要否は、税理士に確認してください。 会社の担当者の説明も、制度の設計意図としては正確でも、個人の税額を保証するものではありません。

現金化までの経路と時間

権利が金銭に変わる経路は、実務上は上場と買収の2つがほとんどです。どちらも、会社の事業がある水準まで伸びて、かつ市場環境がその時期に合っていることが必要になります。

期間の見通しは、会社の設立年、直近の調達段階、事業の成長率から大まかにしか描けません。想定より長くなる場合もあれば、途中で経路自体が変わる場合もあります。ここを精密に予測しようとするより、「その期間、この会社で働くこと自体に納得できるか」を確かめるほうが判断として安定します。仕事の中身と学べる範囲が現金部分の差を埋めるなら、上場の可否によらず選択が成り立つからです。

逆に言えば、仕事の中身では選ばないが将来の金額で選ぶ、という形の判断は不安定です。金額の実現条件が自分の側にないため、結果が出るまで判断の正しさを確かめられません。

オファー比較で確認する6項目

ストックオプションを提示されたときに確認する項目を並べます。すべて、入社前に聞けば答えられる範囲のものです。

確認項目 何が分かるか
付与株数と発行済株式総数 持分比率。株数だけでは判定できない
権利行使価格 買うときに必要な資金と、損益分岐の位置
ベスティングの刻みと据置期間 何年在籍すると何割が確定するか
行使できる期間の始期と終期 期間内に上場しない場合どうなるか
退職時の扱い 確定分・未確定分がそれぞれどうなるか
直近の資金調達の時期と段階 希薄化の見込みと、現金化までの距離

この表は価値を計算するためのものではなく、判断できる状態になっているかを確かめるためのものです。6項目のうち答えが得られない項目が多いほど、ストックオプションを判断材料として扱いにくくなり、現金部分の比重が上がります。

表に入れていない項目もあります。想定される企業価値や上場時期の見通しは、答えが返ってきても検証できないため、比較の軸には使いにくい情報です。聞くこと自体は構いませんが、返ってきた数字を期待額の根拠に据えないでください。

現金部分が下がるオファーをどう判断するか

現金の年収が現職より下がる提示を受けたとき、判断は次の順序になります。まず、下がった後の現金部分で生活が成り立つか。次に、その水準が同条件の相場から見てどこにあるか。最後に、数年後に転職する場合の起点として妥当かどうかです。

3つ目が見落とされやすい点です。次の転職で提示される額は、現在の年収と市場の相場の両方から組み立てられます。一度大きく下げると、上場や買収が起きなかった場合に、戻すのに時間がかかる位置から再出発することになります。転職で年収が増えた人の割合は 60.4% で、増えた人の平均増加額は 73.1万円 でした。一度の転職で戻せる幅には限りがあるということです。

同じ実務3〜5年・東京でも、スタートアップとメガベンチャー・外資では推定の中央値が離れています。

  • スタートアップ(スキル中位):483〜567万円
  • メガベンチャー・外資(スキル中位):604〜709万円

現金で見た差がこの幅にあることを確かめたうえで、その差を将来の持分で埋める設計を受け入れるかどうかを決めます。金額以外の条件も含めた比較の観点はオファー面談で確認すべき年収以外の条件にまとめています。

よくある失敗の型

第一の型は、株数の多さで判断してしまうことです。持分比率を確認しないまま「思ったより多い」と感じて決め、後から総株数を知って比率の小ささに気づく形です。株数は総数とセットでなければ意味を持ちません。

第二の型は、現金部分の下げ幅を過小に見ることです。提示額だけを比べて「少し下がるだけ」と判断し、現職の賞与や固定残業代の内訳を計算に入れていない場合、実際の下げ幅はもっと大きくなります。内訳の分け方はみなし残業を実質時給に換算する方法で扱っています。

第三の型は、期待額を生活設計に組み込んでしまうことです。実現条件が自分の側にない収入を前提にすると、条件が揃わなかったときに選択の幅が狭くなります。ストックオプションは、なくても成り立つ計画の上に置く性質の報酬だと考えてください。

判断の手順

最後に、実際に進める順番をまとめます。

  1. ストックオプションの価値をゼロと置き、現金部分だけでオファーを比較する
  2. 現金部分が同条件の相場のどこにあるかを確かめる
  3. 上の6項目を書面またはメールで確認する
  4. 答えが得られなかった項目を数え、判断材料としての確からしさを見積もる
  5. 仕事の内容と学べる範囲だけで、その現金部分に納得できるかを決める
  6. 税務の扱いが判断に影響する場合は、税理士に確認する

この順序の要点は、5番目までにストックオプションの金額が一度も出てこないことです。金額が出てこなくても判断が成り立つなら、そのオファーは受けても断っても後悔しにくくなります。逆に、金額を入れないと成り立たない比較になっているなら、判断の土台が自分の外側にあるということです。

自分の現金部分が相場のどこにあるかを確かめたい場合は、条件を揃えた推定レンジと照らし合わせるのが早い方法です。ITエンジニア全体の平均 469万円 は、未経験も10年以上も含んだ数字なので、個別の比較には使えません。

まとめ

  • ストックオプションはオファー比較の年収に含めない。価値をゼロと置いて現金部分で比べ、上振れは別枠で考える
  • 株数ではなく持分比率で見る。発行済株式総数、権利行使価格、ベスティング、行使期間、退職時の扱い、直近の調達段階の6項目を入社前に確認する
  • 税制の適用可否と税額は自分で結論を出さず、税理士に確認する