評価は悪くなかったのに、昇給額は同僚とほとんど同じだった。この状態の多くは、評価の付け方が間違っているのではなく、**会社が上位評価に人数の枠を設けているか(相対評価)、要件の充足だけで判定しているか(絶対評価)**の違いから来ています。相対評価では、上位ランクに付けられる人数が先に決まるため、自分の働きが伸びても枠が空いていなければランクは動きません。
基準線として、情報通信業で昇給の内容が業績評価などによると答えた企業は 85.9%(令和7年(2025年)) です。評価が昇給に効く会社が多数派である一方、その評価をどう付けているかまでは統計には表れません。本記事では、相対評価と絶対評価で昇給額の決まり方がどう違うのか、自社がどちらの運用かを見分ける手順、枠に負けたときに何を動かせるのかを順に整理します。昇給と昇格の区別そのものは等級・グレード制度の読み方で扱っています。
結論:昇給額を決めているのは評価の点数より枠と原資
同じ評価ランクでも昇給額が違い、違うランクでも昇給額がほとんど同じになることがあります。先に決まっているのは、その期に配れる金額の総量と、各ランクへ割り当てる人数だからです。相対評価を採る会社では上位ランクの比率が制度として固定されており、所属部門の人数が少なければ、上位の席は数人分しかありません。
そうなるのは原資の性質によります。昇給に使える金額は事業の利益と人件費の計画から先に決まり、そのあとで個人へ割り振られます。総量が固定されている以上、誰かを大きく上げるには誰かを据え置く必要があります。相対評価はこの制約を分布の枠として制度に書き込んだ形で、絶対評価は制約を配分の運用側で吸収する形です。名前が違っても、原資の上限からはどちらも逃れられません。
実際の数字で見ると、情報通信業で定期昇給制度がある企業は 89.6% あり、定期昇給を実施した企業は 86.2% です。制度があり実施もされているにもかかわらず、1人平均賃金の改定率は 3.9%(令和7年(2025年)) にとどまります。制度が動いていることと、個人の昇給が大きく動くことは別の話だと分かります。
注意したいのは、枠を設けること自体は不当な運用ではない点です。原資に上限がある中で配分の根拠を明示する手段でもあり、枠がないほうが恣意的になる場合もあります。問題になるのは、枠の存在が本人に伝わらないまま「評価が足りない」とだけ説明されるときです。評価が足りないのか席が空いていないのかは、打ち手がまったく違います。
相対評価と絶対評価は、何が違うのか
違いは判定の基準を人に置くか、要件に置くかです。相対評価は同じ集団の中での順位でランクを決め、絶対評価はあらかじめ定めた要件を満たしたかどうかでランクを決めます。前者は集団が変われば同じ働きでも結果が変わり、後者は集団が変わっても結果が変わらないのが原則です。
この差が昇給に効くのは、自分でコントロールできる範囲が変わるためです。相対評価では、自分の成果だけでなく同僚の成果も結果に影響します。担当した仕事の難易度が上がってもなお、部門に自分より重い判断を担う人が多ければ順位は上がりません。絶対評価では、要件と自分の実績の距離だけを見ればよいので、何を積めば次に上がるかが読みやすくなります。
たとえば、同じ実務三年から五年のエンジニアが同じ東京の上場企業にいても、スキルの水準が違えば市場で見た水準は次のように分かれます。
- スキル下位(スコア30):491〜576万円
- スキル上位(スコア85):602〜707万円
相対評価の会社では、この幅の中で自分がどこにいるかではなく、同じ部門の中で何番目かが先に見られます。市場で上側にいる人が、社内の順位では中位になることが起こり得ます。逆に、社内の順位が高くても市場の水準が低い部門にいれば、昇給率が高くても金額としては伸びません。
ただし、制度の名前と実際の運用が一致しない会社は少なくありません。絶対評価と説明していても、評価会議で部門間の帳尻を合わせる段階で実質的な分布調整が入ることがあります。制度文書の表現ではなく、評価が確定するまでにどの会議を通るかを確認するほうが実態に近づきます。
昇給原資という上限が先に決まっている
評価の話に入る前に押さえたいのは、原資の大きさが評価の外側で決まっていることです。どのランクに何人入るかを決めても、配る総額が小さければ、上位ランクの昇給額も小さくなります。評価制度の議論と、原資の議論は分けて考える必要があります。
原資が事業の状況で動く以上、同じ評価でも年によって金額が変わります。情報通信業で1人平均賃金を引き上げた企業の割合は 97.4% と高い一方で、ベースアップを実施した企業は 52.1% です。賃金表そのものを書き換える会社は半分程度で、残りは定期昇給の枠内で配っていることになります。
規模による差も集計上は表れます。1人平均賃金の改定率は、従業員五千人以上の企業で 5.1%、百人から二百九十九人の企業で 3.6% でした。全産業の改定率は 4.4% で、情報通信業はこれを下回っています。つまり、評価で上位を取っても、業界と規模で決まる原資の水準を大きく超えることは難しいという読み方になります。
注意点として、これらは産業や企業規模でまとめた平均であり、自分の会社の原資を推定する値ではありません。同じ規模でも利益率の違いで原資は変わります。規模そのものより、どの事業が賃金原資を生んでいるかを見るほうが実態に近くなります。原資の大小と自分の評価は別の軸なので、両方を分けて確認してください。
自社がどちらの運用か見分ける4つの質問
見分ける手順は、制度文書を読むより、確定までの流れを聞くほうが確実です。次の四つを順に確認すると、枠があるかどうかがおおむね判定できます。
- 評価ランクごとの人数の目安(分布)があるか。あるとすれば全社単位か部門単位か
- 一次評価者が付けたランクは、そのあと何の会議を通って確定するか
- 同じランクでも昇給額が分かれる要素は何か(等級、現在の給与位置、勤続など)
- 評価ランクは月例給と賞与のどちらに強く効くか
一つ目で目安があると答えられた時点で、実質的には相対評価です。二つ目は制度名と運用が食い違う典型的な箇所で、部門横断の調整会議があるなら分布の調整が入っている可能性が高くなります。三つ目は、評価が同じでも金額が違う理由を説明できる会社かどうかの確認になります。四つ目は、評価を上げる努力が月々の給与に効くのか、その期だけの賞与に効くのかを切り分ける質問です。
これらは制度の内部情報を聞き出す質問ではなく、自分の昇給がどう決まるかの確認です。就業規則や賃金規程に記載がある会社もあるため、まず社内の資料を探し、見つからない項目だけを上長か人事へ聞く順番にすると話が早くなります。
答えが得られない場合、その事実自体が判断材料になります。特に二つ目と三つ目に答えられない会社では、昇給額の根拠を本人に説明する運用がないことになります。給与明細の側から昇給の内訳を確かめる方法は昇給額を給与明細で確かめる手順にまとめています。
相対評価で枠に負けるのはどういう状態か
枠に負けるとは、要件は満たしているのに席が空いていないために据え置かれる状態です。評価者が本人の働きを低く見ているわけではないので、フィードバックの内容と結果が噛み合わなくなります。「今期も良かったが、今回は他のメンバーを上げた」という説明はこの形です。
起きやすいのは、強い人が集まった部門と、人数の少ない部門です。分布が部門単位で運用されていると、母数が小さいほど枠が粗くなり、一人分の席の有無で結果が大きく変わります。逆に、同じ会社の別の部門では、同じ働きで上位に入れることがあります。制度の問題ではなく、どこに配属されているかの問題です。
具体的な兆候として、次のような状態が続いていれば枠に当たっている可能性があります。
- 期中の面談では改善点を指摘されないのに、最終ランクが前期と同じ
- ランクの理由が「相対的に」「今回は」という表現で説明される
- 同じ等級の同僚が順番に上位ランクを取っているように見える
- 昇格候補と言われてから複数の期が過ぎている
ただし、これらは枠の存在を証明するものではありません。要件の理解が本人と評価者でずれている場合にも同じ症状が出ます。切り分けるには、未達と判断された要件を具体的に挙げてもらうのが確実です。要件を挙げられるなら評価の問題で、挙げられないなら枠か、制度が運用されていないかのどちらかです。
絶対評価でも昇給額が伸びない場合
絶対評価の会社で要件を満たしているのに昇給額が小さいなら、原因はランクではなく金額への変換部分にあります。ランクが上でも、等級の中での現在の給与位置が上限に近ければ、昇給の幅は小さく設計されていることがあります。帯の上端に近づくほど伸びが鈍るのは、等級制度の設計として一般的な形です。
理由は、等級ごとの給与レンジが役割の価値に対応しているためです。同じ等級で担う役割の価値が変わらないのに給与だけが伸び続けると、上の等級との整合が崩れます。そのため帯の上端では昇給が抑えられ、金額を大きく動かすには昇格が必要になります。評価を上げる努力と、等級を上げる努力は別物だという結論になります。
金額の感覚としては、企業タイプを変えたときの水準差のほうが、評価ランク一段の差より大きくなることがあります。
| 企業タイプ | 推定レンジ | レンジの図 |
|---|---|---|
| メガベンチャー・外資 | 604〜709万円 | |
| 上場・大手 | 531〜624万円 | |
| 中小の受託・SIer | 459〜539万円 | |
| スタートアップ | 483〜567万円 | |
| SES | 411〜482万円 |
この表は、実務三年から五年、東京勤務、スキル中位という条件を固定し、企業タイプだけを変えた場合の目安です。上端と下端の差は、事業の利益率と商流の位置から生じる構造的なもので、評価や交渉で埋まる幅ではありません(企業タイプ別の年収相場)。逆に言えば、同じ企業タイプの中で評価が効く範囲は、各行の幅の内側に限られます。
表の適用外になるのも押さえてください。フリーランスや業務委託で働いている場合、そもそも評価制度による昇給はなく、単価の改定が同じ役割を果たします。管理職で評価が業績連動の賞与に集約されている場合も、月例給の昇給額だけを見ると実態から離れます。自分の報酬がどの部分で動く設計かを先に確認する必要があります。
評価と昇給額のつながりを数字で確かめる
制度の説明を聞くより先に、手元の数字で確かめられることがあります。確かめる対象は、昇給の通知に等級と評価ランクと改定額の三つが揃っているかどうかです。三つ揃っていれば、評価ランクが金額へどう変換されたかを追えます。
追えるようにする理由は、次の期の打ち手が変わるからです。ランクが上がったのに改定額が前年と同じなら、効いているのは等級か給与位置で、評価の努力は金額に届いていません。ランクが同じで改定額が減ったなら、原資が縮んだ可能性があります。どちらなのかで、社内で動くべき先が変わります。
比較の基準線としては、情報通信業の1人平均賃金の改定額は 14,096円/月(令和7年(2025年)) です。これは企業単位で集計した平均であり、個人の昇給額の目標値ではありません。自分の改定額がこれより小さいからといって不当とは言えず、大きいからといって等級が進んでいるとも言えません。あくまで桁の感覚を持つための値として使ってください。
注意点は、総支給額で比べないことです。残業時間の差が昇給に見えてしまい、判断を誤ります。比べるのは基本給や職能給といった、毎月決まって支払われる項目です。自己評価の書き方から昇給につなげる手順は自己評価シートの書き方で扱っています。
評価の一段より等級の一段が効く
評価ランクを一段上げるより、等級を一段上げるほうが金額としては大きく動きます。評価は帯の内側での配分に効き、等級は帯そのものを変えるためです。相対評価の会社でも、昇格の判定は分布の枠とは別の会議で行われることが多く、枠に負け続けている人でも昇格の道は残っている場合があります。
この違いを押さえておくと、努力の向け先を間違えにくくなります。枠が埋まっている部門で評価ランクを争うのは、席が空くのを待つのに近い状態です。一方で昇格は、次の等級の要件を満たしたかどうかの判定なので、要件が明文化されていれば準備の内容が具体的に決まります。要件が示されない会社では、この道も閉じていることになります。
たとえば、経験年数の帯が上がると水準がどう動くかは次のように見えます。
| 実務経験 | 推定レンジ | レンジの図 |
|---|---|---|
| 未経験 | 347〜407万円 | |
| 1年未満 | 390〜458万円 | |
| 1〜2年 | 433〜508万円 | |
| 3〜5年 | 541〜636万円 | |
| 6〜9年 | 650〜763万円 | |
| 10年以上 | 736〜864万円 |
同じ企業タイプ、同じ勤務地、同じスキル水準でも、担う役割の帯が変われば水準が動きます。ここで注意したいのは、年数が経てば自動的に上の行へ移るわけではないことです。この表は役割の帯に対応する目安であり、勤続年数の関数ではありません。年数だけが増えて帯が動かない状態が続く理由は経験年数だけ増えて年収が止まる型で整理しています。
枠に負けたときの打ち手を3つに分ける
打ち手は、同じ等級の中で順位を上げる、等級を上げる、集団を変えるの三つに分かれます。順位を上げる打ち手は枠の数に左右されるため、同じ努力でも結果が出ない期があります。等級を上げる打ち手は要件次第で、集団を変える打ち手は部門異動と転職のどちらかです。
三つに分ける理由は、必要な準備物が違うためです。順位を上げるなら、評価者が社内で説明できる形の実績が必要になります。等級を上げるなら、次の等級の要件に対応した担当範囲の実績が必要です。集団を変えるなら、募集要件と自分の経歴の対応を示す資料が必要になります。同じ「頑張る」では、どれにも届きません。
社内で先に試せるのは、部門異動と社内公募です。会社の外に出ずに集団だけを変えられるため、枠が理由で据え置かれている場合には効くことがあります。ただし異動先で等級が引き継がれるか、異動時に評価がリセットされるかは制度によって違います。異動の相談をする前に、等級と評価の扱いを確認してください。
注意点として、枠に負けた事実を根拠に昇給を求めても、原資と分布が動かない限り結果は変わりません。伝えるべきは不満ではなく、次の等級の要件を満たすためにどの担当範囲が必要かという確認です。要件が示され、それを満たしたのに結果が動かないという状態が複数の期で続いたときが、外の水準を確かめる段階になります。
転職市場では評価分布が引き継がれない
社内での順位は、外に出た時点でほぼ意味を持ちません。応募先が見るのは、担当した判断の範囲と成果であり、前の会社の分布の中で何番目だったかではありません。相対評価で据え置かれていた人が、応募先の等級では上のほうに位置づけられることもあります。
こうなるのは、評価が集団に依存する一方で、職務の内容は集団に依存しないためです。強い部門で中位だった人は、実際には重い判断を担っている場合があります。逆に、枠に恵まれて上位ランクを重ねた人が、外では等級が上がらないこともあります。社内の評価履歴は、外の水準を測る指標にはなりません。
実績として、転職で年収が増加した人の割合は 60.4%(2025年9月) で、増加した人の平均増加額は 73.1万円 です。全体の平均変動額は 9.5万円 にとどまるため、転職は平均して少し上がる出来事ではなく、上がる人と上がらない人に割れる出来事だと読めます。分布の枠から出れば必ず上がる、という話ではありません。
注意点として、社内で要件が示され、それを満たせば昇格できる見通しがあるなら、先に社内で等級を上げたほうが経歴として説明しやすくなります。等級が上がった状態で外を見るほうが、応募先で提示される帯も上になりやすいためです。待つか動くかの分岐点の置き方は定期昇給だけで年収はどこまで伸びるかで扱っています。
制度について聞いてよいことと、答えが出ないこと
聞いてよいのは、自分の昇給がどう決まるかに直接関わる範囲です。評価分布の目安があるか、確定までにどの会議を通るか、次の等級の要件は何か、評価は月例給と賞与のどちらに効くか。これらは自分の処遇の説明を求めるものなので、通常は質問して問題のない内容です。
一方で、答えが出ないものもあります。他人の評価ランクや昇給額、分布の具体的な比率、部門ごとの原資の配分などは、非公開として扱う会社が多数です。これらを聞き出そうとすると、質問の目的が処遇の確認から情報収集に見えてしまい、話が進みにくくなります。自分の条件に絞るほうが実益があります。
税や社会保険の扱いが絡む部分は、制度の説明とは別の話になります。昇給の結果として手取りがどう動くか、退職金の算定基礎がどう変わるかといった個別の計算は、勤務先の担当者や税理士などの専門家に確認してください。評価制度の確認の範囲では、金額の決まり方までを押さえれば十分です。
まとめ
- 昇給額は評価ランクより先に、原資の総量と各ランクの人数の枠で決まる。相対評価は枠を制度に書き、絶対評価は配分の運用で吸収する
- 自社の運用は、分布の目安の有無と、評価が確定するまでに通る会議を聞けば判定できる。制度名と運用は一致しないことがある
- 金額を大きく動かすのは評価の一段より等級の一段。枠に負けている場合は、順位を争うより昇格要件と集団の変更を先に確かめる