今年の昇給額が妥当だったかを確かめたいとき、最初に見るべきなのは総支給額ではありません。結論から言うと、給与明細の基本給系の項目だけを前年と比べ、その増加分を定期昇給分とベースアップ分に分けて考えるのが確実です。そのうえで、昇給が賞与や残業代の計算にどう波及するかまで見ると、年収への本当の影響が分かります。

比べる基準線としては、情報通信業の1人平均賃金の改定額は 14,096円/月(令和7年(2025年)) です。ただし、この数字は企業単位の平均であり、自分の昇給額と直接比べて良し悪しを決められるものではありません。本記事では、給与明細の項目を3つに分ける方法、定期昇給とベースアップを切り分ける手順、平均と比べるときの注意、昇給が年収のどこに波及するかを順に整理します。定期昇給だけで年収がどこまで伸びるかという長期の見通しは、定期昇給だけで年収はどこまで伸びるかで扱っています。

比べる前に、数字の範囲を揃える

昇給額を確かめるときに最も多い間違いは、前年と今年の総支給額をそのまま比べることです。総支給額には、残業代、休日出勤の手当、深夜の手当など、その月の働き方によって変わる金額が含まれています。忙しい月と落ち着いた月を比べると、昇給していなくても総支給額は大きく動きます。

比べるのは、毎月決まって支払われる金額です。統計で使われる所定内賃金も、残業代などの割増手当や賞与を含まない金額です。自分の明細から同じ範囲の金額を取り出すことで、統計の数字と比べる前提が揃います。

比べる月にも注意が必要です。昇給は多くの会社で年に一度、決まった月に反映されますが、反映される月は会社によって違います。昇給の前の月と後の月を比べるか、前年の同じ月と今年の同じ月を比べてください。昇給の反映が遅れて、差額がまとめて後の月に支払われる場合は、その月の金額だけで判断しないようにします。

給与明細の項目を3つに分ける

給与明細の支給項目は、会社によって名前が違いますが、性質で分けると次の3つにまとめられます。

分類 項目の例 昇給の確認での扱い
基本給系 基本給、職能給、役割給、職務給、調整給 昇給額を確かめる中心
固定の手当 役職手当、資格手当、住宅手当、固定残業代 増減の理由を個別に確認する
変動する支給 時間外手当、休日出勤手当、深夜手当 昇給の比較から外す

基本給系の項目は、等級や評価によって決まり、昇給の中心になります。会社によっては、基本給を複数の項目に分けて、年齢や勤続に応じた部分と、役割や評価に応じた部分を別々に表示しています。分かれている場合は、どの項目が増えたかを見ると、昇給の理由を推測できます。

固定の手当は、昇給の時期とは別の理由で増減することがあります。役職に就いた、資格を取った、住まいが変わった、といった理由です。こうした増加は昇給として数えるより、手当の条件が変わった結果として別に扱うほうが、昇給の実態を正しく読めます。固定残業代は、基本給系の昇給に合わせて金額が再計算されることがあるため、次の節で扱います。

定期昇給分とベースアップ分を切り分ける手順

基本給系の増加分が分かったら、その中身を定期昇給分とベースアップ分に分けて考えます。定期昇給は自分の等級や評価に応じた個人の昇給で、ベースアップは賃金表そのものを書き換えて全員の水準を引き上げるものです。

  1. 前年と今年の同じ月の給与明細から、基本給系の項目の合計を出す
  2. 増加分を月額で求める
  3. 会社からの昇給の通知や社内の案内で、全員に共通する引き上げ分が示されているか確認する
  4. 共通の引き上げ分が示されていれば、それをベースアップ分として増加分から差し引く
  5. 残りを、自分の等級や評価による定期昇給分として読む
  6. 等級が変わった場合は、昇格による増加分を別に分けて考える

この手順で、自分の昇給のうち、会社全体の水準の引き上げによる部分と、自分の評価による部分を分けられます。ベースアップ分が大きく、定期昇給分が小さいなら、会社全体の水準は上がっているものの、自分の評価による昇給は控えめだったことになります。反対に、ベースアップがなく定期昇給分だけの場合は、評価の結果がそのまま昇給額に表れています。

会社が区別していない場合の読み方

すべての会社が、定期昇給とベースアップを分けて示しているわけではありません。情報通信業で定期昇給制度がある企業のうち、ベースアップを実施した企業の割合は 52.1%(令和7年(2025年)) で、残りには行わなかった企業と、定期昇給とベースアップを区別していない企業が含まれます。

区別していない会社では、昇給の通知に合計の金額だけが書かれていることが多く、明細からも内訳は分かりません。この場合は、同じ等級の同僚との比較や、前年の自分の昇給額との比較で、今年の昇給が例年並みか、それより多いか少ないかを見るのが現実的です。ただし、同僚の給与を詮索することは職場の関係を損なうおそれがあるため、会社が公開している賃金表や等級ごとのレンジを使うほうが安全です。

内訳を知りたい場合は、人事や上司に「今回の昇給のうち、全員に共通する引き上げ分はいくらでしたか」と聞くのが確実です。個人の評価の詳細ではなく、制度としての引き上げ幅を聞く質問なので、答えてもらいやすいでしょう。答えが得られない場合も、その会社が昇給の仕組みをどれだけ説明しようとしているかが分かります。

基準線として使う統計と、その読み方

昇給額を比べる基準線として、公的な統計があります。情報通信業の1人平均賃金の改定率は 3.9%(令和7年(2025年)) で、全産業の 4.4% を下回りました。改定額は 14,096円/月 です。

企業の規模によっても差があります。常用労働者5,000人以上の企業の改定率は 5.1%、100〜299人の企業では 3.6% です。大きな会社ほど改定率が高い傾向があるため、自分の勤め先の規模に近い数字と比べるほうが実態に近くなります。

これらの数字は、残業代などの割増手当と賞与を含まない、所定内賃金の1か月1人当たりの平均の変化です。自分の明細から基本給系と固定の手当を取り出して比べる方法と、範囲はおおむね揃います。ただし、統計の所定内賃金には諸手当が含まれるため、基本給系だけで比べた自分の数字とは、手当の分だけ範囲がずれることがあります。

平均と比べるときの3つの注意

統計の平均と自分の昇給額を比べるときには、3つの点に注意してください。

1つ目は、平均には等級が上がった人と据え置きの人が混ざっていることです。昇格した人の大きな昇給と、据え置きの人の小さな昇給が平均されているため、自分が平均を下回っていても、据え置きの人の中では標準的な額であることがあります。

2つ目は、平均は企業単位の集計であることです。その年に若い社員が多く入社した会社では、全体の平均が下がることがあり、個人の昇給とは動きが一致しないことがあります。平均は市場の方向を知る目安にはなりますが、自分の昇給が妥当かを決める物差しにはなりません。

3つ目は、比べる年が違うと前提が変わることです。統計は調査の時点の数字で、公表されるまでに時間がかかります。自分の昇給の年と統計の年がずれている場合、物価や採用の状況が違っている可能性があります。基準線は、年ごとの変化の方向を見るために使ってください。

手当で上がった場合に確かめること

昇給が基本給ではなく手当の増額で行われた場合は、年収への影響が基本給の昇給と違うことがあります。確かめたいのは、その手当が賞与と残業代の計算に含まれるかどうかです。

賞与を「基本給の何か月分」として計算する会社では、手当が増えても賞与は増えません。基本給で同じ月額が上がった場合と比べると、年収への影響は賞与の分だけ小さくなります。賞与の計算の対象は、就業規則や賃金規程に書かれていることが多いので確認してください。賞与の比率による違いは賞与比率が高い会社と低い会社の年収の見方で扱っています。

残業代の単価も同じです。法律で残業代の計算から外してよいとされる手当があり、住宅手当や家族手当などが、条件によってはその対象になります。どの手当が単価に含まれるかは会社の規程と手当の性質によって変わるため、個別の判断は勤務先の担当者に確認してください。含まれない手当で昇給した場合、残業代の単価は変わりません。

固定残業代がある場合の確認

固定残業代が支払われている場合、基本給系の昇給に合わせて固定残業代が再計算されるかどうかを確認します。固定残業代は、一定の時間分の残業代をあらかじめ支払う仕組みで、その金額は残業代の単価に時間を掛けて決まるのが一般的です。

基本給が上がれば単価も上がるため、固定残業代も増えるはずです。ところが、固定残業代の金額が据え置かれていると、実際にはその金額で賄える残業の時間が短くなります。明細の固定残業代の金額が昇給の前後で変わっていない場合は、何時間分として計算されているかを確認してください。

反対に、昇給額の大部分が固定残業代の増加で占められている場合もあります。この場合、基本給系の昇給は小さく、見かけの月額だけが増えています。固定残業代を含めた年収の読み方はみなし残業を実質時給に換算する方法で詳しく扱っています。

等級が変わる昇給と、変わらない昇給

昇給額の大きさを最も左右するのは、等級が変わったかどうかです。等級が据え置きのまま行われる定期昇給は、同じ等級のレンジの中で少しずつ位置が上がる動きです。等級が上がると、レンジそのものが切り替わるため、昇給額が大きくなります。

どれだけの差があるかの目安として、上場・大手、東京勤務、スキル中位を固定すると、実務3〜5年の推定中央値は 578万円、6〜9年では 693万円 で、差は 115万円 です。経験年数の帯と会社の等級は同じものではありませんが、担当する責任が一段広がったときに動く金額の大きさは、毎年の定期昇給の積み重ねとは桁が違うことが分かります。

そのため、昇給額が妥当かを考えるときは、今年の金額だけでなく、次の等級に上がるための条件を確認することが重要です。定期昇給の額が平均並みでも、等級が長く据え置かれていれば、年収の伸びは限られます。等級の仕組みは等級・グレード制度の読み方で整理しています。

手取りの増加が小さく見える理由

昇給したのに手取りがあまり増えないと感じることがあります。これは、昇給分にも所得税や住民税、社会保険料がかかるためです。月額の昇給額と、手取りの増加額は同じにはなりません。

また、固定的な賃金が変わると、社会保険料の計算の基礎が見直され、数か月後に控除額が変わることがあります。住民税は前年の所得をもとに計算されるため、昇給の影響が翌年に表れます。そのため、昇給した直後の明細だけを見ると、手取りの変化が分かりにくいことがあります。

税額や保険料の計算は、扶養の状況や住んでいる地域などによって異なります。昇給が手取りにどう影響するかを正確に知りたい場合は、勤務先の担当者や税理士などの専門家に確認してください。昇給額が妥当かを判断するときは、手取りではなく、額面の基本給系の金額で比べるのが基本です。

人事や上司に確認する質問

明細と統計だけでは分からない点は、人事や上司に確認します。次の質問は、個人の評価を問い詰めるのではなく、仕組みを確認する形なので聞きやすいでしょう。

  • 今回の昇給のうち、全員に共通する引き上げ分はいくらか
  • 自分の等級と、今回の評価の結果はどうだったか
  • 同じ等級で評価が一段上だった場合、昇給額はどう変わるか
  • 次の等級に上がるために、どんな役割や成果が求められるか
  • 増えた手当は、賞与や残業代の計算に含まれるか

これらの答えから、今年の昇給額が評価と等級のどこに対応しているのかが分かります。評価の仕組みが説明されない、次の等級の条件が示されない、といった場合は、社内での昇給の見通しを立てにくい職場だと判断する材料になります。

妥当でないと判断したときの選択肢

確認の結果、昇給額が自分の役割や成果に対して低いと判断した場合、取れる行動は大きく2つです。一つは社内で、次の等級に上がるための条件を確認し、その条件を満たす実績を作ることです。評価面談で、次の等級の要件に照らした自分の実績を具体的に示すと、話し合いが進みやすくなります。

もう一つは、社外の相場と比べることです。自分の経験年数、企業タイプ、勤務地、スキルの水準に対する推定レンジと現在の年収を比べ、差が大きい場合は転職も選択肢になります。ただし、転職すれば必ず年収が上がるわけではありません。社内で昇格を目指す場合と、転職する場合の比べ方は社内公募・社内異動で年収を上げられる条件でも扱っています。

まとめ

  • 昇給額は、総支給額ではなく給与明細の基本給系の項目で、前年の同じ月と比べる
  • 支給項目を基本給系、固定の手当、変動する支給の3つに分け、変動する支給は比較から外す
  • 情報通信業の1人平均賃金の改定額は 14,096円/月 だが、企業単位の平均であり、個人の昇給の良し悪しを直接決める物差しではない
  • 手当で昇給した場合は、賞与と残業代の計算に含まれるかを確認する
  • 昇給額を大きく左右するのは等級の変化で、次の等級の条件を確認することが重要

自分の条件での推定レンジと現在の年収の差は、経験年数・企業タイプ・勤務地・スキルを入れて診断で確認できます。