新卒の初任給が上がったというニュースを見て、自分の給与との差が縮んでいることに気づいた人向けの記事です。結論から書くと、逆転が起きやすいのは入社2〜4年目の帯で、統計上も珍しい状態ではありません。ただし、それが自社の昇給運用の問題なのか、業界全体の相場が動いた結果なのかで、取るべき行動は変わります。

初任給はどこまで上がったのか

まず実額を確認します。令和7年賃金構造基本統計調査による新規学卒者の賃金(6月分の所定内給与額)は次のとおりです。

学歴 賃金(月額) 対前年
高校 207.3千円/月 5.0%増
専門学校 230.7千円/月 3.5%増
高専・短大 235.5千円/月 5.2%増
大学 262.3千円/月 5.6%増
大学院 299千円/月 4.0%増

この表で見るべきなのは金額そのものより、右端の伸びのばらつきです。大学卒が 5.6% と5区分で最も高く、専門学校卒が最も低くなっています。採用競争が激しい層に配分が寄っている形で、全学歴が一律に上がったわけではありません。

なお、これらは残業代と賞与を含まない所定内給与額です。求人票に出ている「初任給」には固定残業代が含まれていることがあるため、この統計と単純に比べると自社のほうが高く見えます。比較するなら、求人票から固定残業代を抜いた基本給部分で揃えてください。

既存社員の賃上げは何%だったのか

同じ年に、すでに働いている人の給与はどう動いたか。令和7年賃金引上げ等の実態に関する調査では、情報通信業の1人平均賃金の改定率は 3.9%、改定額は 14,096円/月 でした。全産業計の 4.4% を下回っています。

引き上げた企業自体は多く、情報通信業で1人平均賃金を引き上げた企業は 97.4% に達しています。つまり「上げていない会社が多い」のではなく、上げてはいるが、初任給の伸びには届いていないという構図です。

この2つの数字は調査も定義も違うため、5.6%と3.9%を直接引き算して「1.7ポイント損をした」と読むことはできません。それでも方向は明確で、新しく入る人の水準のほうが速く動いています。

逆転が起きるのは入社2〜4年目の帯

では実際に、若手の給与はどこにいるのか。初任給と同じ調査から、情報通信業の年齢階級別の所定内給与額を取ると次のようになります。

年齢階級 所定内給与額(月額) 対前年
20〜24歳 262.2千円/月 5.3%増
25〜29歳 308.7千円/月 7.3%増
30〜34歳 363.4千円/月 3.9%増
35〜39歳 410.1千円/月 4.9%増
年齢計 406千円/月 3.8%増

20〜24歳の 262.2千円/月 は、大学卒の初任給 262.3千円/月 とほぼ同額です。同じ調査の同じ定義で、新卒の初任給と20代前半の平均が並んでいることになります。

ここは注意して読む必要があります。20〜24歳には大学卒だけでなく高校卒・専門学校卒も含まれ、入社1年目から3年目までが混ざっています。だから「大学卒2年目の平均がこの額」という意味ではありません。それでも、この帯の平均が初任給から離れていないという事実は、逆転の体感が個人の思い込みではないことを示しています。

一方、25〜29歳になると差がはっきり開きます。逆転の実感が消えるのがこの帯で、20代の年収の動き方は20代エンジニアの年収相場でも扱っています。

なぜ逆転が起きるのか

理由は、初任給と既存社員の給与が別々の仕組みで決まっているからです。初任給は採用市場の水準に合わせて単年で決め直せます。募集要項の数字を変えるだけで、既存社員の給与テーブル全体を触る必要がありません。

これに対して既存社員の給与は、等級と評価を通ります。情報通信業で定期昇給制度がある企業は 89.6%、そのうち昇給の内容が業績評価などによる企業は 85.9% です。評価で差はつきますが、動く幅は制度が決めた範囲の内側に収まります。

ベースアップまで踏み込んだ企業は情報通信業で 52.1% にとどまります。ベースアップは給与テーブルそのものを引き上げる措置で、全社員に効くぶん原資が大きくなります。初任給だけを上げるのは、この原資を使わずに採用競争へ対応する方法であり、だからこそ真っ先に選ばれます。

企業規模でも差が出ます。改定率は5,000人以上の企業で 5.1%、100〜299人の企業で 3.6% です。原資の余裕がそのまま既存社員側の伸びに出ているため、小さい会社ほど初任給の引き上げが既存社員の水準に近づきやすくなります。

ただし若手の相場も動いている

ここで反対側の事実も見ておきます。情報通信業の25〜29歳は対前年7.3%増で、大学卒初任給の5.6%増より大きく伸びています。若手の給与が据え置かれているわけではありません。

これが意味するのは、逆転が起きている会社と起きていない会社に分かれている、ということです。業界平均は上がっているのに自分の給与が動いていないなら、原因は業界ではなく自社の配分にあります。逆に自社も同じくらい上がっているなら、初任給との差が縮んで見えるのは水準全体が上へずれた結果で、相対的な位置は変わっていない可能性があります。

自分の年収が遅れているかを確かめる手順

初任給との比較は感情には効きますが、判断材料としては弱い指標です。見るべきなのは、自分が今いる位置と同条件の相場との距離です。次の順に確認します。

  1. 直近1年の基本給の改定額と改定率を、給与明細から計算する
  2. 固定残業代を分けて、所定内の基本給だけを取り出す
  3. 自分の等級と、その等級のレンジの上限を人事制度から確認する
  4. 経験年数・企業タイプ・勤務地を揃えた市場のレンジと突き合わせる
  5. 差が等級レンジの内側か外側かを判定する

4番目の比較には、条件を揃えたレンジを使います。上場・大手/東京/スキル中位という条件で経験年数だけを変えると、推定はこうなります。

実務経験推定レンジレンジの図
未経験340〜399万円
1年未満383〜449万円
1〜2年425〜499万円
3〜5年531〜624万円
6〜9年638〜748万円
10年以上723〜848万円
条件:上場・大手/東京/スキルスコア50。公開統計をもとにした推定であり、実際の年収を保証するものではありません。算出方法

この表は年数が上がれば自動的に上がる、という意味ではありません。年数帯ごとに担当できる役割が変わり、その役割に対して市場が払う額が変わる、という順序です。同じ年数でもスキルの水準で幅があり、実務1〜2年・東京・上場企業の枠内なら、スキル下位で 393〜461万円、スキル上位で 482〜565万円 の開きがあります。

判定の基準は単純です。自分の年収が同条件のレンジの内側にあるなら、初任給との差が縮んでいても市場から遅れてはいません。外側に落ちているなら、初任給の話とは無関係に、すでに是正が必要な状態です。

社内で確認すること

社内で動く場合、聞く相手と内容を間違えると答えが返ってきません。直属の上長が答えられるのは評価の話までで、給与テーブルそのものは人事制度の管轄です。確認する内容は3つに絞ります。

  • 自分の等級のレンジの下限と上限
  • 次の等級に上がるための要件と、判定の時期
  • 直近の改定で、自分の等級帯に配分された改定率

このうち3番目は開示されないことがありますが、聞いたこと自体は無駄になりません。答えられるかどうかで、制度の運用状況が分かるからです。等級と昇格の仕組みそのものは等級・グレード制度と昇格の仕組みで扱っています。

初任給との比較を持ち出すこと自体は避けたほうが無難です。会社側が答えられるのは「採用市場がそうなっているため」までで、そこから先に進みません。自分の等級のレンジと市場の位置という、担当者が社内で説明できる形に置き換えたほうが検討されます。

会社の回答から読み取れること

返ってきた答えの内容より、答えられたかどうかを見ます。等級のレンジと昇格要件が即座に示されるなら、制度が運用されている会社です。この場合、次の等級の要件を満たす実績を評価時期の前に揃えるのが最短の道になります。

要件が「総合的に判断」としか示されないなら、昇給の予測が立てられません。何を達成すれば上がるのかが分からない状態では、努力の方向も決められないためです。これは待遇の高低とは別の問題で、その事実自体が外を見る材料になります。年収が上がらない構造についてはエンジニアの年収が上がらない理由でも整理しています。

「初任給を上げたので、既存社員は来期に調整する」という回答を得た場合は、調整の時期と方法を確認します。口頭の約束は条件ではありません。次回の改定で実際に反映されたかを、改定額と改定率で後から検証できるようにしておきます。

外を見る場合に何が埋まり、何が埋まらないか

転職を選択肢に入れる場合、埋まる差と埋まらない差を分けます。dodaエージェント経由で2025年9月に転職が決定した人のうち、年収が増加したのは 60.4% で、増加した人の平均増加額は 73.1万円 でした。全体の平均変動額は 9.5万円 にとどまります。

つまり転職は平均して少し上がるイベントではなく、上がる人と上がらない人に割れるイベントです。分岐を作るのは移動先の構造で、企業タイプや商流が変われば水準そのものが変わります。一方、同じ構造の中で横に動いても、埋まるのは等級レンジの内側の差だけです。

若手の場合、もう1つ考慮する点があります。経験年数が短い段階では、任された役割の幅が年収の上限を決めます。目先の提示額だけで移ると、次の3年で任される範囲が狭くなり、結果として伸びが鈍ることがあります。今の会社で次の等級に上がるほうが早いケースは実際にあり、その判断は定期昇給と転職の損益分岐で扱っています。

逆転を放置したときに起きること

何もしない選択も、それが判断であれば問題ありません。ただし、放置した場合に何が起きるかは把握しておきます。

給与は前年の額を起点に改定されるため、ある年に置いていかれた差は、翌年以降も同じ率で改定される限り縮みません。改定率が同じであれば、絶対額の差はむしろ広がります。差が自然に埋まるのは、等級が上がるか、ベースアップで給与テーブルごと引き上げられるかのどちらかが起きたときだけです。

もう1つは、社内の相場観がずれることです。長く同じ会社にいると、自分の年収が市場のどこにあるかを判断する基準が社内の水準だけになります。求人票のレンジを定期的に見ておくと、この基準がずれません。求人票の数字の読み方は求人票の年収レンジの読み方にまとめています。

よくある誤解

「初任給が上がったのだから、既存社員も同率で上がるはずだ」という前提は成り立ちません。前述のとおり原資も仕組みも別で、初任給の改定は給与テーブルの引き上げを意味しないためです。

「初任給が高い会社ほど、その後の伸びも大きい」とも限りません。初任給は採用時点の競争力であり、その後の伸びを決めるのは等級の刻み方と昇格の運用です。入社時の額と3年後の額は別の設計から出てくるので、応募時には両方を確認します。

「逆転しているなら、その分を交渉できる」というのも実務上は通りません。交渉で動くのは応募先や自社の等級レンジの内側だけで、初任給との比較は相手が動かせる範囲の外にあります。根拠の作り方は年収交渉で通る根拠を参照してください。

まとめ

  • 大学卒の初任給は 5.6% 上がり、情報通信業の1人平均賃金の改定率 3.9% を上回った。逆転が起きやすいのは入社2〜4年目の帯
  • 同じ調査で20〜24歳の所定内給与額と大学卒初任給はほぼ同額。ただし25〜29歳は対前年7.3%増で、若手の相場自体も動いている
  • 判断材料は初任給との差ではなく、自分の等級レンジと同条件の市場レンジとの距離。この2つを確認してから、社内か社外かを決める