「試用期間3か月。この間は月給◯円」と書かれたオファーを受け取って、提示された年収が本当にもらえるのか不安になっている——この記事はその状態の人に向けています。結論を先に言うと、試用期間で動きうるのは一時的な支給額であって、その会社での年収の水準そのものではありません。 水準を決めているのは等級と職務範囲で、試用期間はその等級を確定させる前の観察期間にあたります。
ただし「どうせ戻るから」で流すと、初年度の受取額だけが想定より低くなり、しかもそれに気づくのが入社してからになります。どこがどうずれるのかを先に分解します。
試用期間で動くもの、動かないもの
まず切り分けます。試用期間の設定で動きうるのは、その期間に実際に振り込まれる月給と、一部の手当の適用開始時期です。動かないのは、その職務に対して会社が用意している等級のレンジと、本採用後の月給です。
理由は、年収の水準が個人ごとの交渉ではなく給与テーブルで決まっているからです。会社は職務の難易度ごとに等級を持ち、等級ごとに下限と上限を置いています。試用期間はその枠内のどこに置くかを最終確認する期間であって、枠そのものを作り直す期間ではありません。だから「試用期間が終わったら年収が2倍になる」ことも、逆に「試用期間が終わったら想定の半分になる」ことも、制度としては起きにくい構造になっています。
具体例で言うと、実務3〜5年・東京・上場企業・スキル中位という条件での推定レンジはこの幅です。
531〜624万円試用期間の有無でこのレンジが変わるわけではありません。変わるのは、このレンジのどこに置かれるかを会社がいつ確定させるか、という時期の問題です。
注意点として、試用期間中の減額を制度として持っている会社は実在します。それ自体は珍しい運用ではなく、書面に金額と期間が明記されていれば異常な条件ではありません。問題になるのは、減額があること自体ではなく、減額の期間と復帰後の金額が書面に書かれていない場合です。
提示年収と実際の支給額がずれる3つの経路
求人票やオファーレターの年収と、入社後しばらくの実際の支給額がずれる経路は、大きく3つに分かれます。
| 経路 | 何が起きるか | 入社前に確認する場所 |
|---|---|---|
| 試用期間中の減額 | 試用期間だけ月給が本採用後より低く設定される | 労働条件通知書の「試用期間中の賃金」欄 |
| 賞与の算定期間 | 入社時期によって初回賞与が満額の対象にならない | 賞与規程の算定対象期間と支給日在籍要件 |
| 固定残業代の内訳 | 提示年収に固定残業代が含まれ、所定内の給与が想定より低い | 労働条件通知書の基本給と固定残業代の内訳 |
この3つは性質が違います。1つ目は試用期間が終われば解消する一時的なもの、2つ目は初年度だけに効く一回限りのもの、3つ目は在籍している限りずっと続く構造的なものです。もっとも見落としが大きいのは3つ目です。 試用期間の減額は期間が区切られているので損失を計算できますが、固定残業代の内訳は毎月効き続けるうえに、年収の表示額には現れません。
たとえば同じ提示年収でも、固定残業代が45時間分含まれている場合と含まれていない場合では、所定内の給与ベースで比べたときの水準がはっきり違います。この換算のやり方はみなし残業を実質時給に換算する方法で扱っています。試用期間の話を確認するときに、同じ書面で内訳も一緒に見ておくのが効率的です。
例外として、3つとも該当しない会社もあります。試用期間中も同額、賞与は入社月から日割りで算定、固定残業代なしという設計です。この場合は求人票の年収と初年度の受取額がほぼ一致します。求人票を見ただけでは区別がつかないので、どのタイプかを聞くこと自体が選考中の質問として成立します。
労働条件通知書のどこを見るか
見るべき場所は決まっています。労働条件通知書は書式が会社ごとに違いますが、記載される項目はおおむね共通しているため、次の順番で確認すれば漏れません。
- 試用期間の有無と、その期間の長さ
- 試用期間中の賃金(本採用後と異なる場合はその金額)
- 基本給と、固定残業代・各種手当の内訳
- 賞与の有無、算定対象期間、支給日在籍要件
- 昇給の時期と、その判定に使う制度
このうち2番目の欄が空欄、または「本採用後と同じ」と書かれていれば、試用期間中の減額はありません。金額が書かれていれば、その金額が試用期間中に実際に振り込まれる額です。口頭で「試用期間中も同じです」と言われていても、書面に別の金額があれば書面が優先されると考えてください。
書面の受け取り時期も重要です。労働条件通知書は入社時に交付されるのが一般的ですが、承諾の判断材料としてはそれでは遅すぎます。承諾前にオファーレターや条件確認書の形で、少なくとも上の5項目に相当する内容を文面でもらえるかを聞いてください。断られること自体は稀ですが、断られた場合はその対応を情報として扱います。オファー面談で何をどこまで聞けるかはオファー面談で確認すべきことにまとめています。
賞与の算定期間で初年度だけ年収が落ちる
試用期間そのものよりも金額のインパクトが大きいのが、賞与の算定期間です。多くの会社は賞与の対象期間を半期で区切っており、その期間のうち在籍していた月数に応じて支給額を決めます。期の途中で入社すると、初回の賞与は在籍月数分に按分され、場合によっては支給対象外になります。
年収に対する影響は無視できません。賞与が年収の2〜3割を占める設計の会社であれば、初回賞与が満額でないだけで、初年度の受取額は求人票の年収を下回ります。これは減額でも不利益な扱いでもなく、制度どおりの結果です。だからこそ、求人票の年収と初年度の受取額は別の数字として扱う必要があります。賞与比率が高い会社と低い会社で何が変わるかは賞与比率の高い会社と低い会社の違いで扱っています。
判断のしかたはこうです。転職の損得を測るときは、初年度の受取額と、2年目以降の年収を分けて並べます。初年度が下がっても2年目以降が上がるなら、それは受け入れる価値のある一時的な谷です。逆に初年度だけが高く、2年目以降に伸びる仕組みが見当たらないなら、入社時の一時金で見かけを作っている可能性を疑います。
転職全体で見たときの年収の動き方
試用期間の条件を評価するには、比較対象が要ります。dodaエージェント経由で2025年9月に転職が決定した人のうち、年収が増加したのは 60.4% でした。全体の平均変動額は 9.5万円 で、増加した人だけを見ると平均 73.1万円 増えています。
この数字の読み方は、平均が小さく、上がった人の増加幅が大きい、という点にあります。転職は全員が少し上がるイベントではなく、上がる人と上がらない人に割れるイベントです。だから試用期間中の一時的な減額を理由に転職そのものを避ける判断は、多くの場合ずれています。判断を分けているのは試用期間の3か月ではなく、移った先の等級と企業タイプだからです。
一方で、この統計はエージェント経由で転職が決定した人の集計であり、選考に進まなかった人や自力で応募した人は含まれていません。自分がこの分布のどこに入るかを示す数字ではないので、「平均で上がっているから自分も上がる」とは読まないでください。使えるのは、上がる人と上がらない人に割れているという構造のほうです。
試用期間中に等級はどう扱われるか
会社の多くは、入社時点で等級を仮に置き、試用期間の終了時に確定させます。仮の等級で置く理由は、書類と面接だけでは実務での判断の質までは測りきれないからです。試用期間はその確認にあてられています。
ここから導かれる実務的な結論は、入社前に交渉すべきなのは月給の額そのものより、どの等級で入るのかとその等級のレンジだということです。等級が決まれば、昇給の幅も賞与の算定基礎もそこに紐づきます。月給を数万円動かすより、等級を一段動かすほうが、その後の伸び方に効きます。等級制度そのものの読み方は等級・グレード制度と昇格の仕組みで扱っています。
具体的には、面談で「今回のポジションは御社の等級でいうとどこに当たりますか」「その等級のレンジの下限と上限はいくらですか」「試用期間の終了時に等級が変わる可能性はありますか」の3点を聞きます。答えられない、あるいは制度自体がないという回答であれば、それは入社後の昇給の見通しが立てにくい会社だという情報になります。
注意点として、等級が上がる前提でオファーを受けるのは避けてください。試用期間の終了時に上がると口頭で言われても、金額・時期・基準の3つが書面にないものは確定した条件ではありません。現時点で確定している条件だけで比較して、それでも受けたいかを判断します。
未経験入社と経験者入社では意味が変わる
同じ「試用期間中の減額」でも、経験の有無で意味が変わります。経験年数別の推定レンジを並べると、入口の水準そのものが違うことが分かります。
| 実務経験 | 推定レンジ | レンジの図 |
|---|---|---|
| 未経験 | 340〜399万円 | |
| 1年未満 | 383〜449万円 | |
| 1〜2年 | 425〜499万円 | |
| 3〜5年 | 531〜624万円 | |
| 6〜9年 | 638〜748万円 | |
| 10年以上 | 723〜848万円 |
未経験や実務1年未満で入社する場合、試用期間中の金額はもともとレンジの下端付近にあります。ここからさらに減額されると、生活の設計に直接影響します。そのため未経験入社では、減額の幅そのものより、減額が終わる時期が明確に区切られているかを重視してください。期間が「原則3か月、ただし延長することがある」と書かれている場合は、延長の判断基準を確認します。
経験者として入社する場合は逆で、試用期間中の減額よりも、置かれた等級が経歴に見合っているかのほうが効きます。上の表のとおり、経験年数が上がるほどレンジの幅も広がります。同じ年数でも幅の下端と上端で差があるため、どの年数帯かではなく、その年数帯の中でどこに置かれたかが年収を決めます。試用期間はその位置を確定させる工程なので、期間中に何を見られているのかを聞いておくと、確定のさせ方に影響を与えられます。
この表は経験年数以外を固定した推定値なので、企業タイプや勤務地が違えば水準は動きます。SESや受託中心の会社では上場企業より低く出るため、同じ経験年数の他社オファーと比べるときは、企業タイプを揃えてから比べてください。
昇給の仕組みまで含めて見る
試用期間の3か月は、長い目で見ればごく短い期間です。年収に効くのは、その後に毎年どれだけ上がるかのほうです。情報通信業で定期昇給制度がある企業の割合は 89.6% で、実際に定期昇給を実施した企業は 86.2% でした。制度があっても実施されない年があるということです。
昇給の中身も見ておく価値があります。情報通信業で昇給の内容が業績評価などによる企業は 85.9% を占めます。つまり、在籍していれば自動的に上がる設計は主流ではなく、評価を通じて上がる設計が大半です。これは試用期間の話と地続きで、試用期間の評価がそのまま最初の等級と評価履歴になるためです。
したがって、入社前に聞く質問は「試用期間中はいくらですか」で止めず、「最初の評価はいつで、何を見られますか」まで伸ばすのが有効です。前者は3か月分の話ですが、後者はその後ずっと効きます。年俸制の会社では改定の時期が年1回に固定されていることが多く、入社月によって最初の改定までの距離が変わります。この点は年俸制と月給+賞与の違いで扱っています。
試用期間の条件でオファーを見送る判断
見送りを検討してよいのは、金額の低さそのものではなく、条件が確定していない場合です。判断の目安を挙げます。
- 試用期間中の金額は書かれているが、本採用後の金額が書かれていない
- 試用期間の長さに上限が示されず、延長の判断基準も説明されない
- 等級とそのレンジについて、社内制度としての説明が得られない
- 承諾を急かされ、書面での条件確認に応じてもらえない
いずれも金額の問題ではなく、条件が事後に動かせる状態のまま承諾させようとしている点が共通しています。逆に、試用期間中の減額幅が大きくても、期間と復帰後の金額が明記されていれば、それは計算できる条件です。損失額を出したうえで、2年目以降の水準と釣り合うかを判断できます。
一方で、試用期間があること自体を避ける必要はありません。試用期間は多くの会社が置いている一般的な仕組みで、正社員としての採用であれば入社日から労働契約は成立しています。契約の形が正社員なのか契約社員なのかは別の問題なので、そこは正社員と契約社員の年収差で切り分けてください。
入社後に条件が違ったと気づいたとき
まずやることは、事実の特定です。労働条件通知書と給与明細を並べ、基本給、固定残業代、各種手当のどの項目が想定と違うのかを1項目ずつ突き合わせます。総額だけを見て「聞いていた額と違う」と伝えても、話が噛み合いません。内訳のどこがどう違うかまで落として初めて、人事側も確認できます。
次に、書面で照会します。口頭のやり取りだけだと、担当者が代わったときに経緯が残りません。労働条件通知書のこの欄にはこう書かれているが、支給額はこうなっている、という形で事実だけを書いて送ります。理由の推測や評価を書く必要はありません。
それでも解決しない場合は、公的な相談窓口を使ってください。各都道府県の労働局には総合労働相談コーナーが置かれています。この記事は年収の見方を扱うものなので、個別の事案が法的にどう扱われるかの判断はしません。 契約や賃金の法的な扱いについては、労働局の窓口や弁護士など、その判断ができる相手に確認してください。
入社前に確認する項目
最後に、承諾前に確認しておく項目を並べます。オファー面談や条件確認のメールでそのまま使える形にしています。
- 試用期間の長さと、期間中の月給が本採用後と異なるか
- 異なる場合、本採用後の月給がいくらになるか
- 提示年収に固定残業代が含まれるか、含まれる場合は何時間分か
- 賞与の算定対象期間と、初回賞与が満額の対象になるか
- 今回のポジションの等級と、その等級のレンジ
- 最初の評価の時期と、判定に使う基準
6項目のうち、上4つは金額を計算するための情報、下2つは2年目以降を見通すための情報です。前者だけを聞いて終える人が多いのですが、年収に長く効くのは後者のほうです。全部をその場で聞ききれない場合は、下2つを優先してください。
なお、これらの質問は選考中に聞いても不利にはなりません。制度として存在するものを制度として聞いているだけで、金額を押しているわけではないからです。求人票のレンジ表記自体をどう読むかは求人票の年収レンジの読み方で扱っています。参考までに、ITエンジニア全体の平均年収は 469万円 ですが、これは未経験から10年以上までを含んだ数字なので、個別のオファーを評価する基準には使えません。
まとめ
- 試用期間で動くのは一時的な支給額で、年収の水準を決めているのは等級とそのレンジ
- 提示年収とのずれは、試用期間中の減額・賞与の算定期間・固定残業代の内訳の3経路で起きる
- 見送りを検討するのは金額が低いときではなく、本採用後の金額や試用期間の上限が書面で確定していないとき
- 聞くべきは「試用期間中はいくらか」で止めず、「どの等級で入り、最初の評価はいつか」まで