転職前のカジュアル面談で年収の話を持ち出すのは、失礼にはあたりません。ただし、返ってくる答えには最初から上限があります。企業がその場で答えられるのは、募集ポジションの年収レンジと等級の設計、そして評価の運用までです。あなた個人にいくら出すかは、選考で評価が固まるまで社内の誰にも決まっていません。
この線引きを知らないまま臨むと、聞きにくいことを我慢して何も分からずに終わるか、答えようのない質問をして場を止めるかのどちらかになります。ここでは確認できる5項目と、面談の場では判断できないこと、そして聞く順番を扱います。
カジュアル面談で年収を聞いてよい理由
聞いてよい、というより聞かないと判断できません。求人票に書かれた年収レンジは応募を集めるために幅を広く取っていることが多く、下端と上端で数百万円の開きがあることも珍しくないためです。その幅のどこに自分が入るのかを確かめないまま選考に進むと、最終面接まで進んでから条件が合わないと分かる、という時間の使い方になります。
実際に、求人票のレンジは「最も高い等級の上端」と「最も低い等級の下端」をつないで表示されていることがあります。読み方は求人票の年収レンジの正しい読み方で詳しく扱っていますが、要点は、レンジが等級をまたいでいる可能性を疑うことです。カジュアル面談は、そのレンジがいくつの等級で構成されているかを確認できる、選考前で唯一の機会にあたります。
一方で、「私はいくらもらえますか」という聞き方は避けたほうが無難です。この質問は、答える側に評価という前提を要求します。まだ経歴書も出していない段階では、担当者は「経験次第です」としか返せません。同じことを確かめたいなら、募集ポジションの等級とそのレンジを聞く形に置き換えます。
そもそも何が「カジュアル」なのか
カジュアル面談で軽いのは形式であって、内容ではありません。合否がつかない、私服でよい、履歴書が不要、といった点が緩められているだけで、話した内容が採用担当者のメモに残り、後の選考の参考にされることは普通にあります。
その前提で考えると、この場は企業側にとっても情報収集の場です。特にエンジニア採用では、応募の前段で接点を作る動きが広がっています。背景には求人と求職のバランスがあり、情報処理・通信技術者の有効求人倍率は 1.39倍、全職業の 1.1倍 を上回る水準にあります。応募を待つだけでは母集団が集まらないため、選考の手前で相互に情報を渡す場が設けられている、という構図です。
ただしこの数字は同時に、企業が採用の判断を緩めているという意味ではありません。求人が出ていることと、提示額が上がることは別の話です。面談で好意的な反応を得たとしても、それは選考の通過を意味しません。カジュアルという言葉を、準備しなくてよいという意味に受け取らないでください。経歴の説明が本番の面接と食い違えば、そちらのほうが不利に働きます。
確認できる5項目
面談の場で相手が答えられるのは、制度として決まっていることに限られます。次の5項目は、そのほぼすべてを覆います。
| 確認項目 | 具体的な聞き方 | 何が分かるか |
|---|---|---|
| 募集ポジションの等級 | この役割は社内の何等級にあたりますか | レンジのどこを見ればよいか |
| その等級の年収レンジ | その等級の下端と上端はどのくらいですか | 求人票の幅の実体 |
| 昇格の判定時期と基準 | 次の等級へは何を満たすと上がりますか | 入社後の伸びしろ |
| 給与の内訳 | 固定残業代や賞与は年収表示に含まれますか | 提示額の実質 |
| 直近の改定の運用 | 昇給はいつ、どう決まっていますか | 制度が動いているか |
この表は上から順に聞くための並びです。等級を先に確定させないと、あとの4つはどれも答えが定まりません。同じ会社の中に複数の等級レンジがあり、どのレンジの話をしているかが共有されていないと、聞いた数字が何を指すのか分からなくなるためです。
4つ目の内訳は、面談の段階で聞いておく価値が特に高い項目です。提示される年収に固定残業代が含まれているかどうかで、同じ表示額でも実質の時給が変わります。現職の内訳と揃えて比べる方法はみなし残業を実質時給に換算する方法にまとめました。表示額だけを並べて比較すると、労働時間の前提が違う数字を同じ土俵に乗せることになります。
5つ目は制度の有無ではなく運用を聞く項目です。昇給制度があると答えた会社でも、実際に毎年実施されているかは別です。情報通信業で定期昇給制度がある企業は 89.6% ですが、実際に定期昇給を実施した企業は 86.2% にとどまります。制度の存在と実施率は一致しません。「昨年は何%くらい上がりましたか」まで踏み込むと、答えられるかどうかで運用の実態が見えます。
面談では答えが返らない3つのこと
聞いても意味のある答えが返らないことは、あらかじめ諦めておいたほうが時間を使えます。第一に、あなた個人への提示額です。これは選考の評価と、そのときの採用枠の予算で決まるため、面談の担当者が知る立場にありません。無理に確約を求めると、担当者は安全側の低い数字を口にするか、話題を避けるかのどちらかになります。
第二に、入社後の昇給や昇格の確約です。口頭で「一年で上がりますよ」と言われても、判定の時期と基準が書面に残らない限り条件ではありません。等級制度そのものの仕組みは等級・グレード制度と昇格で年収が動く仕組みで扱っていますが、確約と制度は別物だと分けて聞いてください。
第三に、賞与の実額です。業績連動の比率が高い会社ほど、前年の実績は参考値にしかなりません。聞くとすれば「年収表示に賞与が含まれているか」「支給月数の下限が決まっているか」の2点で、金額そのものを聞いても判断材料にはならないと考えたほうが正確です。
聞く順番を守ると角が立たない
同じ質問でも、順番を変えるだけで受け取られ方が変わります。役割と技術的な背景を先に聞き、そのうえで「この役割は御社の何等級にあたりますか」と制度の質問として尋ねる形にすると、条件だけを見ている応募とは区別されます。逆に冒頭から金額を切り出すと、仕事の内容に関心がないという印象になります。
順番には実務上の理由もあります。役割の範囲が分からないうちに等級を聞いても、その等級が妥当かどうかを判断できないからです。設計まで担当するのか、実装が中心なのか、チーム横断の改善まで見るのか。範囲が分かって初めて、提示された等級が自分の経験に対して低いのか妥当なのかを考えられます。
- 前半 — 事業の状況、チーム構成、技術スタック、担当範囲を確認する
- 中盤 — 「この役割は何等級ですか」「その等級のレンジはどのくらいですか」と制度を聞く
- 終盤 — 給与の内訳と昇給の運用、選考に進む場合の流れを確認する
この順番の途中で相手から現年収を聞かれることがあります。答える義務はありませんが、答えないなら希望のレンジは伝えたほうが話が進みます。伝えるときは総額なのか所定内の給与なのかを必ず添えてください。内訳を省いた総額だけを渡すと、実質的に下がる提示を上がったと誤認する原因になります。この扱い方は年収交渉で通る根拠の考え方と地続きです。
自分の相場を先に持っていく
面談で提示されたレンジが高いのか低いのかは、比較対象を持っていないと判断できません。相手の言う「うちは高いほうです」を検証できないまま帰ることになります。そこで、条件を揃えた自分のレンジを先に手元に用意しておきます。
実務3〜5年・東京勤務・スキル中位という条件を固定し、企業タイプだけを変えると次のようになります。
| 企業タイプ | 推定レンジ | レンジの図 |
|---|---|---|
| メガベンチャー・外資 | 604〜709万円 | |
| 上場・大手 | 531〜624万円 | |
| 中小の受託・SIer | 459〜539万円 | |
| スタートアップ | 483〜567万円 | |
| SES | 411〜482万円 |
この表の読み方には注意が要ります。行の差は交渉で埋まるものではなく、事業の利益率と商流の深さという構造から来ています(企業タイプ別の年収相場)。つまり面談で聞いたレンジが表の下側にあるとき、問題は交渉力ではなく応募先の選び方にあります。逆に上側の企業タイプで下端に近いレンジを提示されているなら、等級の当て方を確認する余地があります。
また、この表は同一条件の目安であって、あなたの年収ではありません。同じ企業タイプ・同じ経験年数の枠内でも、スキルの水準だけで次のように動きます。
- スキル下位(スコア30):491〜576万円
- スキル上位(スコア85):602〜707万円
比較の軸として全体の平均を使うのは避けてください。ITエンジニア全体の平均年収 469万円 には、未経験も10年以上の経験者も含まれています。面談で聞いたレンジと突き合わせても、自分の位置を説明する数字にはなりません。経験年数・企業タイプ・勤務地を揃えた分布のほうが、判断に使える情報になります。
回答の質から分かること
聞いた内容そのものより、答え方から得られる情報のほうが多いことがあります。等級とレンジを即答できる会社は、報酬制度が文書化され、現場の採用担当まで共有されているということです。逆に「そのあたりは選考が進んでから人事に確認します」としか返らない場合、制度が整っていないのか、共有されていないのかのどちらかで、入社後に評価の説明を求めたときも同じ反応になる可能性があります。
昇格の基準についても同じです。「実力次第です」「頑張り次第です」という答えは、基準が言語化されていないことの表明にあたります。これ自体が悪いとは限らず、規模の小さい会社では制度より個別判断が先に立つのは自然です。ただしその場合、入社後の年収は個別の交渉と関係性で決まると理解したうえで応募することになります。制度で決まると期待して入ると、ずれが生まれます。
答えを保留されたとき、その場で追い込む必要はありません。「選考に進む場合、どの段階で等級とレンジを確認できますか」と、確認できる時期だけを押さえておけば十分です。時期すら答えられないなら、その情報は最後まで出てこないと考えて、他社と並行して見る判断につながります。
選考に進むかどうかを判断する
カジュアル面談の目的は、応募するかどうかを決めることです。面談後にそのまま流れで応募してしまうと、確認した内容を使わないまま選考が始まります。面談が終わったら、聞き取れたレンジと等級を、自分の現年収および同条件の推定レンジと並べて書き出してください。判断に必要なのは、この3つが並んだ状態です。
並べたときに、提示レンジの下端が現年収を下回るなら、その差を埋める根拠が自分にあるかを先に考えます。根拠がないまま進めても、内定時の提示は下端付近になります。逆に上端が同条件の推定を大きく超えているなら、その等級に求められる役割が現在の経験より上である可能性を疑ってください。高いレンジは、高い期待とセットで設定されています。
複数社の面談を受けている場合は、条件の比較軸を最初に揃えておきます。等級、レンジ、内訳、昇給の運用、勤務地の扱いの5つで表を作れば、後から並べ直す手間が減ります。内定が出てからの比較の考え方は複数のオファーを比べる基準にまとめました。面談の段階から同じ軸で記録しておくと、そのまま使えます。
よくある失敗
最も多いのは、聞かずに帰ることです。制度の質問は志望度の低さと受け取られると心配して、役割の話だけで終えてしまうと、応募するかどうかの判断材料が増えていません。カジュアル面談を受けた意味がなくなるので、順番さえ守れば聞いてよいと考えてください。
次に多いのが、口頭の説明を条件として持ち帰ることです。「入社時に等級を上げられると思います」と言われたなら、その判断が誰の権限で、いつ確定するのかまで確認します。確認しないまま期待値だけを上げると、内定提示の段階で落差が生まれ、判断が感情に寄ります。
最後に、面談の時点で交渉を始めてしまうことです。この場には交渉の相手がいません。担当者が現場のエンジニアであれば、報酬の決定権はそもそも持っていません。ここで押しても得られるものはなく、面談の残り時間を制度の確認に使ったほうが、後の選考で使える情報が増えます。
まとめ
- 聞けるのは募集レンジと等級の設計、給与の内訳、昇給の運用まで。個人の提示額は選考が進むまで決まっていない
- 順番は役割 → 等級 → レンジ → 内訳と昇給。冒頭で金額を切り出さなければ、制度の質問として受け取られる
- 面談前に同条件の推定レンジを用意し、聞き取ったレンジと現年収を並べて、応募するかどうかを決める