年収の話題で最もよく引用されるのが、この数字です。
469万円
全職種平均を40万円上回る
全職種の平均である 429万円 を40万円上回っており、「エンジニアは稼げる」の根拠として使われます。
ただ、この数字を自分の年収と並べて上か下かを見るのは、ほとんど意味がありません。この平均は、互いにまったく違う条件の人たちを1つの数字に潰した結果だからです。
以下、5つの軸で順に割っていきます。割るたびに平均は姿を変え、最後には消えます。
平均469万円が混ぜているもの
469万円(doda「平均年収ランキング2025」) の母集団は、2024年9月から2025年8月末までに doda へ登録した20〜65歳の正社員、約60万件です。この中には次のような人が全員入っています。
- 入社1年目で、まだレビューを通らないコードを書いている人
- 実務10年目で、設計から障害対応まで一人で回している人
- 東京の外資系企業に所属する人と、地方の受託開発会社に所属する人
- 上場企業の給与テーブルの中にいる人と、SESで商流の3次請けにいる人
この4つだけで、実際の年収は2倍以上に開きます。平均はその全部を足して人数で割った値なので、どの層にも当てはまらない数字になります。
なお、この金額は支給額であって手取りではありません。額面469万円の手取りは、扶養や住んでいる自治体にもよりますが、おおむね370万円前後です。
軸1:年代で割る
まず年代です。全職種の数字ですが、年収がどう動くかの形は同じです。
365万円
前年から5万円アップ。全年代で最大の伸び
601万円
前年から6万円ダウン。全年代で最大の下落
20代 365万円 と50代以上 601万円 では236万円の開きがあります。間の年代は、30代が 454万円、40代が 517万円 です。
前年比が示している変化
この4つは、前年からの動き方が対称ではありません。
| 年代 | 平均年収 | 前年比 |
|---|---|---|
| 20代 | 365万円 | +5万円 |
| 30代 | 454万円 | +3万円 |
| 40代 | 517万円 | −2万円 |
| 50代以上 | 601万円 | −6万円 |
若い年代が上がり、上の年代が下がっています。 初任給の引き上げ競争と、年功で積み上がった層の頭打ちが同時に起きた結果です。
この傾向が続くなら、「勤め続ければ上がる」という前提は弱くなります。20代のうちに市場価値を上げた人が、そのまま伸びる形に近づいていきます。
「平均年収」は調査によって49万円ずれる
ここで一度、前提を確認しておきます。「平均年収」という言葉が指す数字は、調査によって違います。
| 調査 | 平均 | 対象 |
|---|---|---|
| doda「平均年収ランキング2025」 | 429万円 | dodaに登録した20〜65歳の正社員 約60万件 |
| 国税庁「民間給与実態統計調査」 | 478万円 | 1年を通じて勤務した給与所得者 5,137万人(パート・アルバイト含む) |
同じ「平均年収」で49万円の差があります。母集団が違うためです。
国税庁の調査は日本の給与所得者ほぼ全体を捉えており、正規雇用に限れば 545万円、非正規は 206万円 と、339万円の開きがあります。
「情報通信業」の平均は660万円。エンジニアの469万円と何が違うのか
もうひとつ、混同されやすい数字があります。国税庁の統計で業種別に見ると、情報通信業の平均給与は 660万円 です。
660万円
6,595千円。対象は203万人。エンジニア職に限らず営業・管理部門を含む業種全体の数字
ITエンジニアの 469万円 と191万円も違います。同じIT関連なのになぜか。片方は職種、もう片方は業種だからです。
- ITエンジニア469万円(doda)= 職種。エンジニアとして働いている人だけ
- 情報通信業660万円(国税庁)= 業種。通信・放送・情報サービス業などに勤める人全員
後者には、通信キャリアの総合職、放送局の社員、SIerの営業や管理部門、経営層まで含まれます。対象は203万人、平均年齢は 45.7歳、平均勤続年数は8.4年です。
平均より、分布を見る
平均は外れ値に引っ張られます。実際の人数の山がどこにあるかを見ると、景色が変わります。
国税庁の調査で、給与階級別に最も人数が多い層はこうなっています。
- 男性:400万円超500万円以下が最多で、構成比 16.9%(493万人)
- 女性:200万円超300万円以下が最多で、構成比 19%(421万人)
男性の平均 587万円 に対して、最も人数が多いのは400万〜500万円の層です。平均は最頻値より上に出ています。 高所得層が平均を引き上げているためで、「平均を下回っている=人より少ない」とは限りません。
情報通信業では、平均と中央値が76万円ずれる
同じことは業種内でも起きています。国税庁が公表している情報通信業の給与階級別の人数から中央値を計算すると、こうなります。
| 指標 | 金額 |
|---|---|
| 平均給与 | 660万円 |
| 中央値(階級から按分して推計) | 585万円 |
平均が中央値を76万円上回っています。 年収1,000万円を超える人が 13.2% いて、この層が平均を押し上げているためです。
人数が最も多いのは500万円超〜600万円以下の層で、30.8万人。次いで500万円以下が30.3万人です。平均660万円という数字の裏で、実際の山は500万〜600万円台にあります。
「平均年収◯◯万円」を見たときは、それが平均なのか中央値なのかを確認する価値があります。日本の給与分布は右に裾を引いた形をしているので、平均は必ず中央値より上に出ます。
軸2:性別で割る
487万円 に対して 370万円。差は117万円です。
同じ職務でこれだけ違うというより、職種構成と就業継続率の差が大きく効いています。ただし、平均を自分の基準にしている人にとっては、どちらの平均を見ているかで20%以上ずれるという点だけは押さえておく価値があります。
軸3:経験年数で割る
ここからは当サイトの推定モデルです。上場・大手企業/東京勤務/スキルは中位、という条件を固定して、経験年数だけを動かします。
| 実務経験 | 推定レンジ | レンジの図 |
|---|---|---|
| 未経験 | 340〜399万円 | |
| 1年未満 | 383〜449万円 | |
| 1〜2年 | 425〜499万円 | |
| 3〜5年 | 531〜624万円 | |
| 6〜9年 | 638〜748万円 | |
| 10年以上 | 723〜848万円 |
未経験と10年以上で2倍以上の開きがあります。平均の 469万円 は、この表のどこか1点ではなく、表全体を人数比で均した結果にすぎません。
そして注目すべきは伸び幅の偏りです。1〜2年から3〜5年へのジャンプが116万円と最も大きく、それ以前(各46万円)の2.5倍あります。詳しくは経験年数別の記事で扱います。
軸4:企業タイプで割る
実務3〜5年という同じ条件のまま、所属先だけを変えます。
| 企業タイプ | 推定レンジ | レンジの図 |
|---|---|---|
| メガベンチャー・外資 | 604〜709万円 | |
| 上場・大手 | 531〜624万円 | |
| 中小の受託・SIer | 459〜539万円 | |
| スタートアップ | 483〜567万円 | |
| SES | 411〜482万円 |
同じ経験年数・同じスキルでも、上端と下端で210万円の差が出ます。これは実力差ではなく、事業の利益率と商流の深さという構造の差です。
平均を1つの数字で語ると、この構造がまるごと見えなくなります。
軸5:勤務地で割る
| 勤務地 | 推定レンジ | レンジの図 |
|---|---|---|
| 東京 | 531〜624万円 | |
| 大阪・名古屋・福岡 | 468〜549万円 | |
| その他の地域 | 441〜518万円 | |
| フルリモート | 510〜599万円 |
東京とその他の地域で99万円。全産業の統計ではもっと大きな差が出ますが、IT職は給与テーブルの全国一律化とリモート勤務でこの差が縮んでいます。
条件を揃えても、まだ200万円の幅が残る
ここまで5つの軸で割ってきました。ではすべて揃えれば1点に決まるかというと、決まりません。
「実務3〜5年・東京・上場企業」という同じ枠の中で、スキルの水準だけを変えるとこうなります。
- スキル下位(スコア30):491〜576万円
- スキル中位(スコア50):531〜624万円
- スキル上位(スコア85):602〜707万円
中央値で121万円の差です。スコア0と100の両端まで広げれば220万円になります。
経歴書に書ける情報がすべて同じでも、これだけ動く。 その差を作っているのは、非同期処理の実行順序を説明できるか、件数が10倍になったときにどこが遅くなるか予測できるか、壊れているコードの原因を切り分けられるか、といった部分です。これらは「経験年数3年」という文字列には一切現れません。
「平均より上」で安心してはいけない
自分の年収が469万円を上回っていたとします。それは「同年代・同条件の中でも上」を意味しません。
平均には未経験者も新卒も含まれています。実務経験が3年以上あれば、平均を超えるのはむしろ普通のことです。上の表で見たとおり、3〜5年・東京・上場企業ならスキルが下位帯でも中央値は534万円になります。
平均年収の正しい使い方
では平均は無意味かというと、そうではありません。次の2つには使えます。
- 市場全体の温度を見る — 3年連続で上昇しているという事実は、IT人材の需給が依然として締まっていることを示します
- 前年比の方向を見る — 20代が上がり50代以上が下がっているという非対称は、評価軸が年功から市場価値へ移りつつあることを示唆します
「IT人材不足」は、いま本当か
年収の話には必ず「IT人材が足りない」という枕詞が付きます。根拠としてよく引かれるのが経済産業省の推計で、2030年に最大 79万人 が不足するとされています。ただしこれは2019年公表の将来推計です。
足元の実データを見ると、様子が違います。 厚生労働省の職業安定業務統計(令和8年3月)では、情報処理・通信技術者の有効求人倍率は 1.39倍。全職業の 1.1倍 を上回っており、確かに売り手優位ではあります。
しかし前年同月比で見ると、方向が変わっています。
| 指標 | 前年同月比 |
|---|---|
| 新規求人数 | -16.3%(有効求人数も9.2%減) |
| 新規求職件数 | 14.6%(有効求職者数も5.0%増) |
| 有効求人倍率 | -0.22ポイント(新規求人倍率は0.98ポイント低下) |
求人が減り、求職者が増えています。 倍率はまだ1倍を大きく超えていますが、方向としては緩む側に動いています。
逆に、個人の適正年収を判断する用途にはまったく向きません。 そのためには、経験年数・企業タイプ・勤務地を揃えたうえで、さらにスキルの水準を測る必要があります。
まとめ
- 平均469万円は、年代・性別・経験年数・企業タイプ・勤務地をすべて潰した数字
- 年代で236万円、企業タイプで210万円、勤務地で99万円、スキルで121万円の幅がある
- 条件を全部揃えてもなお残る幅を作っているのが、経歴書に書けないスキル
- 平均は市場の温度を測る道具であって、個人の適正年収ではない